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第1話:とある霊能力者の日常

霊媒師の家系に次男として生まれた橘真一はいつも通り朝早く起き、朝食の用意をしていた。有名霊能力者としてメディアに出て不遜な態度をとり、同業者に睨まれたりもするが気にしない男だった。霊媒師、霊能力者という肩書きを気にしない変わり者。そんな彼には同棲している奴がいる。 霊媒師とは思えないほどの高級マンションで、ニュースを見ながら優雅に朝食を摂るのが日課だった。 「お、いい匂いじゃねえか。新妻も板についたんじゃねえか」 「うるさい、悪霊」 「機嫌がわりいな。昨日無理しすぎたからか」 「うるさい。俺の部屋で暮らすなら朝食の用意ぐらい手伝え」 真一は悪霊・冬夜と一緒に暮らしている。出会いは話せば長くなるが、冬夜とは除霊の手伝いと引き換えに冬夜の餌になる関係である。悪霊や物の怪から狙われる身体になったのは冬夜が原因なのだが、おかげでリッチな生活ができているのだから我慢しているのである。 「しかめっ面していると美人が台無しだぜ」 「契約の一つだから一緒に住んでいるだけで愛想を振りまく必要がない」 「契約じゃなくて結婚な。それらしくなるよう指輪もやっただろ?」 真一の薬指には小さなラピスラズリがはめ込まれた指輪が輝いていた。もちろん自分の伴侶となっている冬夜もだ。細くて長い自分の指にはまっているそれを眺めると似合っている気がしなくもなかった。この女性受けしそうな鍛えられた肉体に、男の俺でもかっこいいと思えるような男らしい容姿をしている悪霊はセンスもいいようだ。 「センスだけは褒めてやる」 「はいはい。このツンデレ女王様」 「ひゃっ」 うなじをなめられ真一の身体が反応する。これは悪霊の力がそうしたのだと今日も自分に言い聞かせた。男の悪霊に決して開発されたわけではないのだと。 朝食を食べ終わるとインターホンが鳴った。朝早くから尋ねるような無礼な友人はいない。予想はつくが何度も呼ばれては困ると出ることにした。 「どちら様ですか」 「お久しぶりです、真一様。お迎えにあがりました」 「真一という者はおりません。どうぞお引き取りください」 「人の悪いことを言わないでくださいよ」 冬夜も何事かと見に来たが眉間にしわを寄せていた。 来客者は一週間前に助けた鬼の青年・鬼助だった。仕事で山奥に行き鬼退治をすることになったのだが、鬼にも鬼の事情があるらしく人間を襲わないなら退治はしないと約束をして生かしたのだ。しかし、何を思ってか真一になつき、自分の花嫁になるよう押しかけてくるのだった。 「鬼の小僧、俺の嫁にちょっかいだすな」 「その声はいつぞやの悪霊さん。ちょっかいだなんてとんでもない。真一様は照れ屋でございますからこうあしげく通っているのです。貴方こそ邪魔しないでもらえますか」 マンション前で口論はやめてほしいと真一はため息をつく。 「話は中でしよう。入ってこい」 「真一」 「誘いを受けるつもりはないよ。それに俺と結婚しているんだろ。異界の生き物との契約は早々破られない」 「そこは俺らには愛があるからとか言えよ」 「そんな恥ずかしいこと言えるか」 「否定はしないんだな、ククッ」 真一はにやけた冬夜の尻を足で蹴ってやった。 「お邪魔しますね」 「手短にしてくれ」 「そんないけずなこと言わないでくださいよ」 鬼一は笑顔で部屋へ入り辺りを見回す。普段、山に住んでいるから物珍しいのだろうか。 「相変わらずお美しくてかっこいい真一様。単刀直入に言います。俺と結婚してください」 「断る」 「即答ですか」 「即答もなにも俺は冬夜と婚約している。お前たちのところみたいに一夫多妻制じゃないんだよ」 昔と違い鬼の数は少なくなってきている。一夫多妻にすることで生き延びているところも大きい。真一は冬夜の服の裾をつかむ。冬夜と出会った寒い夜のことが頭に浮かび手に力が入った。 「普通ならそうでしょうが、僕はあなただけむちゃくちゃ愛してあげるんですけどね」 「真一は俺のものだ」 「冬夜…」 「俺だけが真一を守ることができる。愛情も安全も保証できる。他とは比べられないほどの好物件だぜ」 冬夜は真一を引き寄せ鬼助を威嚇した。真一には強い悪霊が放つ念というものを感じることができる。確かに冬夜は禍々しい妖気を放っていた。 「そういうことだ、鬼助。俺のダンナが怒る前に帰った方がいい」 「分かりましたよ。ただ、いまや幽霊、妖怪といったありとあらゆる異界のものに狙われる真一様の耳に入れておきたい話がありまして」 真一の血はとある夜から異界のものに狙われるようになった。今まで請け負った仕事のなかには、真一の全てを狙ったものもあった。橘家は代々霊を祓う家系。元々、他の人間とは違う体質であったが酷くなってしまった。 「最近、綺麗な男性が行方不明になる事件が報道されていますよね」 「ああ、知っている」 若い男性が行方不明になるぐらいならよくある話かもしれない、家出ぐらいだろうと。しかし、数日前、二体の遺体が発見されたのだった。全身の血が抜かれた裸の遺体とくれば奇妙ではすまない。真一はこのニュースを見た時、吸血鬼の仕業だと推測した。 吸血鬼のなかでも純血ではなく、野良だろう。野良は主人もいないし、管理されるのを嫌う輩だ。死に至るほどの吸血は吸血鬼界でも禁止されている。 「鬼助はその犯人が俺を狙うとでも言いたいのか?」 「狙わないとは限らないですからね。俺の未来の花嫁をとられる訳にはいきませんから!」 「言いたいことはそれだけか?」 「ひどい!」 真一と冬夜は鬼助をなんとか追い出すことに成功するが、先程の事件が気になっていた。 「確かめてみるか、真一」 「そうだな。そのままにしておけない。いくぞ、冬夜!」 吸血鬼は基本夜に行動する。夜は異界のものの時間だからだ。 「その恰好は狙ってくださいと言っているようなものだぞ」 「ひっかかってくれないと駄目だろ」 Vネックのシャツに上着を着ていれば吸血されやすいはずだと考えたのだが、冬夜はお気に召さないらしい。 「真一、こっち来い」 「なんだ?」 首元に温かいものが触れたと思った途端、ちりっと痛みが走る。そこには歯形がつき赤くなっていた。 「何して」 「お前が仕事を成功させるおまじない。俺のもんは誰であろうと渡す気はないから堂々と囮をしていろ」 冬夜はいつも真一の心を読んでいるように不安を取り除こうとする。悪霊なのに優しくて、時には強引でずるい奴だった。それに比べ真一は言葉や態度で虚勢を張り不安や恐怖を押し込める性格だった。昔は兄弟の中で一番の泣き虫で、霊が視えることに震えていた。成長すれば次第に受け入れることができたが、まさか悪霊といて安心する日が来るとは思わなかった。 「分かっているよ。お前のこと信じてる」 意趣返しに真一は背伸びをし、冬夜の頬に嚙みついた。

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