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番外編:とある漫画家の憂鬱
僕には誰にも言えない秘密がある。
「ねぇ、昨日発売の桜きらら先生の新刊見た?」
「見た見た!めっちゃ受けの子可愛かったよね」
「うんうん。攻めもかっこよくてさ。妖怪が出てきてピンチになる受けを助けるところがね〜」
同じクラスの女子が話しているのは、昨日発売されたBL小説『僕の恋人はボディーガード』だ。
「東谷お前強すぎ」
「体育は得意だからね」
反対側ではサッカー部の東谷と西屋が朝練の勝負をしていたようだ。東谷と西屋は今日も仲がいい。ネタ帳に書きたくなった。
「星野、おはよう。今日も相変わらずボーっとしてるな」
「そんなことねえよ」
いきなり隣の席の馬場に声をかけられ意識を戻す。
星野桜里(ほしのおうり)はただの高校生でない。ペンネームは桜きらら。最近デビューしたBL小説家である。だが、そのことは周りには絶対に秘密であった。
小さな出版社だが、憧れの百合男先生がBL小説家デビューを果たした場所でお世話になっている。
「遅くなってすみません。環さん」
「今来たところだ。問題ない」
環は桜里の小説の担当編集者だ。綺麗な長い黒髪を束ね、サングラスをかけて運転する姿は芸能人みたいだった。環とは従兄で、気が楽になる。
「昨日発売された妖怪退治シリーズ、今回も好評だ。次も頼むぞ」
「それなんですけど、ネタが」
「参考にしている人がいるんだろ?」
「そうなんですけど。すぐに会える人じゃないから」
「大事なネタ提供者だ。俺も挨拶に行こう」
帰宅するまで退屈だとテレビを付けてもらうと心霊番組の再放送が流れた。
『今日のゲストは橘真一さんです。橘さんは幼少期から霊が見える体質で、その特質を生かし有名霊能力者になった・・・』
馴染みのある顔が笑顔で対応していた。橘真一。22歳にして有名霊能力者の地位を得た人物。そして、大事な小説のネタをくれる人だった。
星野が橘と会ったきっかけは、手に浮き出た痣だった。
「これは呪いだな」
「呪い⁈」
「心当たりは?」
「ないですよ、そんなの!」
今より有名になっていなかった橘事務所は学校の帰路の途中にあり、たまたま見た看板に誘われ相談した。中には胡散臭い笑顔の男性と金髪で男前の男性がいて、怪しみながらも料金の安さに惹かれみてもらった。
「呪いはどうしたら解けるんですか?」
「妖の気配がする。それも古来からのだな。都市伝説もんだ」
金髪の男・冬夜はそう言ったが、都市伝説が相手なんて対策などないようなものだ。
「猿の手は知っているかな」
「はい。何でも三つの願いを叶えてくれるミイラの手ですよね。でも、そんな手持ってませんよ!」
「では、何かに願い事をしたことは?」
「神社でなら最近ありましたけど。確かに痣が出てきたのは神社でのお参り後ですけど、あの地域の人達はよくお願いしてます」
「いたんだよ、近くに」
橘は真剣な目でこちらを見ている。彼が何を言うか聞くのが怖い。それ程の迫力があった。
「君の命を甘美な誘惑で狙う魂猿がね」
魂猿。願いを叶える度に駄賃として生気を吸い取り、最後には魂を奪う妖怪。魂猿に願わなくても勝手に叶えようとするらしいから厄介極まりない。
ちなみに星野がお参りした時の願い事は応募した小説が一次審査を通過すること。勿論、今まで通ったことが無かったので結果が届いた時は喜んで、更に小説家になることを願ったのだった。
「お待たせ。行こうか」
少し火照った様子の橘とスッキリしたような冬夜に疑問を持つほど余裕がなかったのだが、後から思えばこの二人はヤッていた。きっと気付いていたら、こんな大事な時に盛ってるなよと怒って頼らず、命を落としていただろう。
「願いはキャンセルできない。だから、これで代わりに呪いを受けてもらう。」
橘の手には小さな鞠が握られている。素人の星野には意味が分からず首をかしげる。
「君には演技をしてもらって、魂を取りに来た時、魂と鞠を入れ替える。魂猿は光る丸いものが好きで、魂はまさにそれ。この鞠には俺の力を注入したから光る玉にしか見えない。あとは、魂と勘違いして呪いを解くのを待つだけだ。」
「凄い!あ、でも魂猿をどうやって誘き寄せたらいいのか」
「漫画家になりたい夢、きっと叶うよ。でも、捕まえる場所まで喜ばないで。魂猿は願いが叶ったかどこかから見てる。願いが叶ったと分かるまで魂に手出しが出来なくて、変なところ律儀なんだ」
「俺たちに任せればいい。橘真一は優秀だ」
冬夜が少し微笑んだ気がする。表情を見せない人が見せる微笑みに胸が高鳴る。
「これって」
きっと腐男子のアンテナが受信しているのだ、目の前にいる橘と冬夜の関係に。
この時、星野がデビュー作を生み出すきっかけが生まれたのだった。
その後は早かった。昔の猿の置物のような、目の周りに深く刻まれた皺が何も写していないような目を不気味に強調していた。
馴染みの公園で深夜一人喜ぶと、キラリと光る二つの丸。魂猿が見ていると思うと怖くて手が震えたが大人しく襲われる。
この後のことはよく分からないが、魂猿が出そうとした星野の魂を、橘の呪文で鞠と入れ替え、そうとは知らず魂猿は喜んで帰ったそうだ。
「手の痣も消えている。これでもう大丈夫だ。」
「ありがとうございます、橘さん、冬夜さん。」
「これが仕事だからな。さてと冬夜!帰るぞ。あとさ、漫画家の夢諦めるなよ。星野にはなりたいものになれる可能性があるんだからさ」
少し悲しげな雰囲気になった気がしたが、そのまま帰ることにした。きっとあの二人には秘密があり、自分は詮索しない方がいいのだ。
「そういえばお金はいくらなんだろ」
橘からは依頼が終了してから支払うことになっていた。急いで公園に戻ると静かだった公園から声が聞こえる。
「冬夜、がっつくなって」
「今朝はお預けくらったからな」
「少ししただろ!」
「あれで足りるわけないだろ。鞠に力を溜めるためにしてやったのもお前だけが気持ちよくなっただけだしな」
「それは、あっ、霊力が、足らないからっ」
さっきまでかっこよくキメていた橘の甘い声と、従者みたいに静かに付き添っていた冬夜の立場が逆転しているような展開にテンションが上がった。草むらへすぐ隠れ、二人の情事を盗み見る。
「はぁっ、とうやぁ、ンッ、あぁッ、あっ、そこ、ダメだからっ」
冬夜が乳首を抓り上げると声が漏れ出る。周りに聞こえないよう手で口元を抑えるが、それでも漏れてしまう。橘は体の熱が増して、頰が上気していた。
律動と共に二人の息遣いが聞こえ、星野はポケットからメモ帳を取り出す。書かなければ。
「もういいだろ、これ以上は腰が使い物にならねえからな!」
「ああ、満足だ」
無心で書いているとフィニッシュしたらしい。服を整えた橘は一人で怒りながら帰っていく。橘の後を冬夜が追いかけるだろうから、その後で帰宅しようとじっとしていた。しかし、冬夜はこちらを振り返って見た。
「書くならアイツの名前は伏せろよ」
どうやらお見通しだったらしく星野はお礼を言って今度こそ帰宅した。
「環さんって霊感あるんですか?」
「少しね。でも、なんとなく寒気がするなってぐらいで見たことはないよ。」
「へぇ〜橘さんが見ている世界はどんな風なんだろう。」
星野は車から見える変わりばえのしない景色に溜息をついた。
「それは・・・知らない方がいいかな」
環が呟いた言葉も聞こえず、車は進んでいった。
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