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第1話
△
「さくらちゃん!」
白いふっくらとした柔らかい頬を桃色に染めて、心地の良い爽やかな太陽光に照らされる
その幼くも美しい屈托のない笑顔を俺に向けてくれた小さな兄。
俺の実の兄、悠木心(ユウキココロ)は小さい頃俺の事をそう呼んでいた。
兄は、美しく、そして才能に溢れていた。
その容姿は両親が過保護、過干渉にならざるをえない程に様々な人間を惹きつけたし、
学問においては何の心配もいらないのではないかと思うほど抜きん出ており、実際そうだった。
大きな問題にはならなかったものの時としてその美しさゆえに危険が及びそうになりかけたことも稀ではなく、
その度に、小さい頃の俺は両親の兄に向ける過剰な心配に影響を受け、
自分自身も不安感を煽られながら兄である心の身体にできるだけ力を込めて抱きつく事しか出来なかった。
どうか、兄も両親も安心して笑ってくれるようにと非力で役に立てない俺は強く願っていた。
「さくらちゃん。大丈夫だよ。」
兄はいつもそう言って自分にぎゅっと抱きついてくる弟の小さな頭を白く美しい手で優しく撫でた。
そうされる時、俺の心をキツく縛り付けていた不安感がゆっくりと、スルスルと、離れてゆくのを感じる。その繰り返しだった。
美しく聡い兄とは違いどこにも傑出したところのない俺は兄のすることにいつも心躍り感動していた。
兄が描く絵、手作りの創作おもちゃ、俺の勉強を手伝ってくれるときにしてくれるお話し、誰も見つけられないような林の奥の壮大で綺麗な景色のある場所に連れて行ってもらったり。
兄に置いていかれないようにいつも一生懸命あとをついてまわった。
「はは。さくらちゃん。頭にいっぱい葉っぱつけてる!」
おいで、とってあげるから ときらきら輝く林の中で木漏れ日を浴びながら優しく綺麗に微笑む兄はおおよそ人間ではなく神聖の域で特別に創造されたもののように美しかった。
少し目と耳にかかる長さのさらさらとくせのない艶のある黒髪が優しく風になびく。
陶器のように白くなめらかな曲線を描く濁りのない肌に、
大きめのアーモンド型の深い二重の眼に揃う繊細な長めの睫毛が精巧に影を落としている。
兄弟であるのにこうも違うものかと俺はいつも思っていた。
俺は、とても平均の人間で全てにおいて普通の領域。
勉強が特別に出来るわけではない。
当たり前だが精一杯努力しての平均だ。
要領はとてもわるいし、運動はとくに苦手で、
いつも物事に関して道や方法を見つけて思案する事に苦労した。
それでも、優秀な兄に少しでも近づきたくて必死で勉強や人生においての様々な事柄に対して
前向きに向き合う努力をした。
そんな俺でも、それなりに両親は愛情を持って接してくれたし何よりも優しく温かな兄の存在のおかげで俺の中にある嫉妬や劣等感などが自分を悩ますほど大きくなることはなかった。
兄が歩む人生の近くにずっと存在していたい。
けれど、好意を寄せた相手が血の繋がった兄弟であってもずっと側にいられる事は叶わないのだろうなとどこかで思っていた俺は、素直に心内を兄に伝えてこの苦しみからいよいよ解放されたいと考えるようになっていた。
そんな俺の心のじくじくとしたものに比例するかのように、
兄自身も歳を重ねるごとに増してゆくその美貌や彼が表に出す言動は大きく変化していった。
そして、弟の俺に対しても昔の優しい兄の面影を必死に探したくなるほどに変わってしまい
兄が中学に入る頃にはすでにもう殆ど兄と話す事もまして目が合う事もなくなっていた。
心のなかのじくじくは行き場を失ったように焦り出したように次第に大きくなるばかりだったが、それと同時にどこかの時間で時を止めてしまったようにも感じた。
△
「おー、.....。」
高校入学とともに寮生活を始める事になった俺は
今、おそらく同室者であろう男と部屋の玄関先で面と向かっているらしかった。
横にまっすぐスッと線をひいた品のある薄い唇が気怠げに動いた。
清潔感のある短めに切りそろえられた色素の薄い黒髪に前髪は少し長めで切れ長の男らしい二重の目にかかっている。
少し着崩したシャツや耳に付いてるピアス類を見ると少し粗野で不良的な雰囲気を感じるけども、ピアスの細かな形や種類、片方の手首にあるシンプルなブレスレットが彼に神経質なイメージを沸かせる不思議な雰囲気を纏っていた。
要するに、ものすごく男前。同じ歳なのかと疑うほどに。
思わずため息を吐きそうになったが、やめてそれより挨拶だと気を取り直して彼をみた。
「あ、あの。ぼ、オ、俺、悠木桜。」
吃ってしまった。恥ずかしい。
家ではずっと僕っこだったのでふとしたときについつい僕と言ってしまいそうになって色々と決意して全寮制のこの男子校にきたのにまだまだ自分も覚悟が足りないと少し反省した。
目の前の男に視線を戻すと彼は此方を静かに見ていた。
少し眼を細めて眩しそうにしてるそれが若いのにすごく色気があってまたため息を吐きそうになった。
イケメンて黙ってても得してる。
よし。こちらから聞こう。
「あの、...なんて呼べばいい?ってか、あ、えっと、俺は悠木でも桜でも自由に呼んでね。」
はは。 なんて無理やり人見知り全開のかわいたあいさつしか出来ない自分を呪いながら、玄関から部屋に上がろうかどうか頭を悩ませていると、むこうから声が聞こえてきた。
「菊谷 春乃。」
「え。」
少しハスキーなまだ甘さを残した低めの声がしっかりときこえてきた。
共同スペースにあるソファから立ち上がって此方を見ている。
う、うわぁ。背が高い。何センチあるんだろ。
「あっ、よろしくー、は、.....春くん。」
し、しまった。つい最初から馴れ馴れしすぎる下の名前&省略呼びをしてしまった。
おれは慌てて何か言い直そうとしたが、先に向こうが口を開いた。
「....別に、呼び捨てでいいぞ。同級なんだし。お前は、桜な」
よろしく、さくら とほんの少し爽やかに笑って春は自分の部屋に入っていった。
なんともすがすがしくスマートな男前の同室者に少し呆気にとられて、先ほど彼がいた場所に向かって遅すぎる返事をする。
「うん。..よろしく。」
俺は何回よろしくを繰り返してんだ? まぁ、いいか。
思った以上に同室者がいい人そうで良かったと安堵して
そして、自分も荷物を運ぼうと先ほどよりも軽い足取りで俺は部屋に入った。
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