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第2話

△ 半年ほど経ち、学園生活にも慣れてきた。 同室者の春とも親しくいい関係を築けているように思う。 「さくらー、これここ置いとくぞ。」 コトっと俺の部屋の机の上に静かに置かれるカップ。 「あ、ありがとう。自分でしたのに。」 「ん。別にいい。ついでだったし。」 春はそう言って、俺がいま取り組んで机の上に広がっている物らをみた。 休日なのでいつも綺麗にまとめられている短めの髪も、今日は 無造作で春の少し神経質そうで強面の雰囲気がやわらいでいた。 まぁ、それでも男前だし、それどころかいつもより色気が倍増しているようにも思う。 「お前、そういうの昔からしてたの?」 春が壁に寄りかかりながら此方を見下ろして言った。 春が見ていたのは机の上に広がってるプラモデル的な部品等。 と言っても俺がよくやるのはとても簡易的な物でとくにこだわりがあるわけでもなかった。 ただ、昔から、兄に影響されてなにかを作るのが好きなだけ。兄がいなければ、恐らくする事もなかった。 「これ?...うん。なんか集中できて気が紛れるから。」 おれは、軽く春に笑いかけて、持ってきてくれたカップをそっと持ち上げた。 少し苦味のある紅茶を喉を通す。 机の前にある大きな窓から心地の良い風が吹いてきて、おれは少し眼を細めて、 自然と風にあたった。 「ふぅん。」    そんな俺を見ながらまだ寝起きのぼうっとした表情で春は年相応の反応を見せた。 こんなふうに春から返事が返ってくるときやっぱり同じ高校生なんだと距離が近くなったような気がしてちょっと安心する。 容姿が男前で綺麗だし、何よりも春の接し方はとてもシンプルであまり引っ掛かりがないので自分よりも随分年上のような感じがしていた。 けれど、何事にもそこまで興味が赴くことのないその雰囲気やオーラが俺にとっては心地が良かった。 「ふは。はる。まだ、眠そ。何も用事なければもう少し寝てたら?」 俺と同じで窓から吹く風にあたりながらぼうっと立っている春の方に椅子ごと体を向けて俺は言った。 そんな俺を春は一瞬みて、 スエットのポケットに両手を入れながら寝起きの低い声で呟いた。 「いや。今日は出かけるから。もう行く。」 じゃあな、といって春は俺の部屋から去ってゆく。 すらりとした長い足に完璧に形作られて違和感なく繋がる上半身が目に入ってくる。 かっこいいな。男の俺からしても春の容姿は完璧だと思う。 「.....あと少ししようかな。」 春を見送りながら俺はまた机に向き直り、タイマーをセットしてまた作業に取り掛かる。 どこかで、懐かしい匂いを心の中で感じたのはいつかの何かをふと思い出したから。 △ 連休に入ってから、俺は久々に実家に帰る。 寮に入ってから実家に帰ることを避けていた俺は両親の重なる催促の連絡に少し根負けして 連休のはじめに帰省することとなった。 ある時期から、俺が兄と距離が空いた事などを両親は少なからず気にかけており以前からこうやって休みに入るたびに帰って来いと言われ続けていた。 「はあ。」 乗ったバスの座席に深く腰掛けながら、窓の外にうつる変わりゆく雑木林の景色を見てため息をつく。 にいちゃん、いんのかな。 兄もまた親から連絡を受けてこの連休、家に帰ってきているのだろうか。 ある時期から俺に喋りかけなくなった兄。 時々目があったと思えば感情のない美しい瞳がただ見据えてくるだけ。 何を思っているのか。なんでそんな急につめたくなったのか、また前みたいにきらきらしたあの笑顔を俺に向けて欲しい。 そうやって兄に問いただして、思う存分気持ちを伝えたかった。 けれど、出来なかったのは多分俺が恋心を抱いていたから。もしかするとこうやって距離が開けば自分が実の兄弟に想いを寄せているその罪悪感のようなものが少し軽くなるのかもしれないと思ってしまった。 おれは臆病なんだ。結局、自分が傷つくのが怖い。 外の景色が次第に懐かしい見慣れたものに変化してゆくにつれて、 憂鬱になってゆく心に拍車はかかるし、なぜか鼓動があわただしく動き始める。 何年経ってもこの気持ちは変わりなく、 兄を想うと、心が痛い。同時に、胸が高鳴る。 避けようとする気持ちとは裏腹に、俺は兄の通うあの学園を選んだ。 けれど、兄に近づこうとは思わなかったし追いかけてゆくつもりもなく、ただおなじ環境に距離はあっても居られる事がおれにとっては大事であった。  時々、兄の作品を学園にある展示室でみることはあっても、それだけだ。 「さくら~、おかえり~。」 「ただいま。....」 両親は相変わらずで、俺を明るく出迎えてくれる。 「心もね。帰ってきてるのよ。」 俺は、一瞬びくりとする。まさか、こんな簡単に母の口から聞くとは思わなかったな。 靴を脱ぎながらおれは考えていた。 「でも、おにいちゃんいま作品制作で忙しいみたいで今朝からアトリエの方の部屋にいるのよね。」 母は、おれをちらりちらりと見ながら頬に片手を置いてなやましげにいってきた。 なにか俺に頼む気だな。 母親は昔から困り顔をしながらおれに言うことをきかせようとしてくる。 「.....かあさん。おれ。帰ってきたばかりなんだけど。」 「あら、かわい。」 「............。」 「家に帰ってきたのだから、俺じゃなくてもいいのよ?さくらはそっちのほうが似合ってる。」 ふふっと柔らかい顔で俺の頭を撫でてくる母。人好きのするほんわかとした色白の顔の母は美人ではないけれどもとても惹きつけられる容姿をしていた。 俺はいよいよため息をついた。 「.....俺がそうしたいんだよ。それより、頼みたい事あるんでしょ。久々に実家に帰ってきたばかりの息子にさっそく頼みたいことってなに?」 「あら、かわいくない。」 母はそいうと口を尖らせて、エプロンを脱ぎながらキッチンの方へ行った。 自由すぎる母親に俺はまたため息をつく。 「今ちょうどお昼作っていたのよ。さくらが昼に帰ってくるっていうものだから....心は昨日の夕方には帰ってきてくれたのに。...まぁ、それはそうと」 と不満を言いながら母はキッチン前の大きなテーブルに座る俺の前に綺麗に包まれたお弁当をおいてきた。 「これ、お兄ちゃんのとこに持っていってくれない?さくらのぶんもあるから心配しないでね。」 はい。そう、可愛らしく微笑んで言ってくる母。 なるほど。そういうことか。 「いいけど、俺にいちゃんの部屋の住所知らないよ...,ここから近いの?」 兄が高校に入学するにあたって制作部屋を構えたのは、なんとなく母から聞いてはいたが詳しくは何も知らない。 「ええ。今、住所渡すから、まってね。」 そう言って、母は小さな用紙になにか走り書きしていた。 家に帰ってきたのだから何かしら兄と面と向かう事になるとは思っていたけれども、こうも簡単にこれから 兄に会うのだとなると逆になんだか落ち着いている。 一年ちょっとぶりに会う兄はどんなふうだろうか。たった一年しか会っていないだけで兄の変化に対して 大きく意識してしまう。 「はいこれ。それと、さくらあなた、おにいちゃんと「大丈夫。」 「わかってるから。...心配しないで。」 俺は、母の言おうとすることを遮って弁当を片手に一旦、二階にある自室に向かった。 背後の母の視線が痛かったけれど、俺はそののまま振り返る気にはなれなかった。 弁当か...自分の分も丁寧に包まれて兄の分と一緒にされている。 「一緒に、食べろって事なのか.....」 考えるだけで、胃が痛んだ。 家族という間柄での関わりを大事にしたいという思いの強い我が母の無言の圧力が今日ばかりは本当に 心から窮屈でならない。 寮から持ってきた少しの荷物をベットの奥に押し込み俺は制服のまま弁当とメモ紙と携帯、財布を持って重い腰をあげた。

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