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第3話
△
ピーンポーン。
「..........]
先ほどからインターホンを鳴らしても返事が何もない。
間違っては、いない..よな....
母に渡されたメモ用紙をみる。クシャっと音がたった。
「○01...ここだよな..」
斜め前の表札をチラリとみる。
ずっとここに立っているわけにもいかんしな。どうしたもんか。
そういえば、自分は兄の電話番号すら知らないなとふと思った。
母親に電話して取り繋いでもらおうかとも思ったがなんだか嫌でやめた。
でも、このまま帰ったら....。
その後の母の顔が思い描けて後ろめたくなる。
「どうすっかなー..。」
先ほどから、一向に誰も出てくる気配がないので
ふと、扉のドアノブに触れてみた。
開かなかったら帰ろ。
ガチャリ....
「...........」
開くんかい。おい、鍵ちゃんと閉めとけよにいちゃん。
兄の不用心さを心配しながらドアを動かす。
うーん、なんか入りにく。いいかな入っても。
理由のない不安にかられる。悪いことをしているようだったが、
俺は意を決して中に足を踏み入れた。
「..........」
玄関は真っ暗だ、不在なのに玄関の鍵が開いてるなんて。
まぁ、メモ置いて兄の弁当だけ置いてさっさと帰ろう。
兄がいないのであればすぐ帰ってきたところで母には何も言われまい。
ささっと靴をぬいで、暗い玄関から廊下を歩き奥のリビングの方へと歩いた。
「......ッ............t.....」
リビングの奥の方から微かに声が聞こえてくる。
やば。やっぱりにいちゃんいたのかな。
てことは、居留守を使ったわけだから俺空気読めって感じになる。
「あー...、どうしよ....」
足を止めてしまった俺は下を向いて無意識に髪を少し触った自分にハッとした。
なんだ、見た目でもきにしてんのか?久しぶりの兄だから?
自分に笑えてくる。
この際、開き直ってさっさと母さんからだと渡して帰ってしまおう。
考えていると、先ほどまでなかった緊張やら不安やら動悸やらがまたうるさくなってきた。
足を進めると次第に声が大きくなってゆく。
「.................」
その声が、自分の耳にしっかり聞こえきたところで俺は動きを止めた。
「あッ......ッ.....あ”ぅ........ぅ”ッ...ん...」
肌と肌がぶつかる音とともに少し高めの艶っぽい男の声が俺の耳に届く。
にいちゃんの、声。
兄の声だとすぐわかった。
身体中に吹き出してきた冷や汗を胃で感じた。
パンッパンッパン と卑猥な水っぽさを含んだ音が視界に広がるリビングの光と共に俺にその情景を簡単に想像させる。
リビングに繋がるドアが少し開いていて、俺はその横引きのドアにそっと触れた。
「アッふ...んぅッ....あ”ッあッ...あッ......あっ.....ぅんっ...」
目に瞬時にうつってきたのは、一年ぶりに見る兄が自分の知らない男に後ろから激しく犯されているところだった。
「.........ッ」
俺は性的な兄の状態を間近で見た恥ずかしさで身体がブルリと震えた。
「あ”ッあッ....もっ.....とッ.....もっとッ...おくッ..ッッッ....あうッ”..」
「ははッ...え~もっとおくぅ? これ以上は痛いんじゃない?ココちゃん痛いのがきもちいの?」
えっちだねぇ、そう言って男はさらに兄を卑猥に喘がせた。
間延びした色気のある低い声。兄のきめの細かい色白の柔らかい完璧な曲線を描く腰を
スッと長く伸びた美しい指を揃える大きな手が掴んでいる。
その手から、綺麗に添うように均等の取れた筋肉が男の腕を覆っていた。
肩から滑り落ちて肘の所で止まっている白いシャツ。はだけた所から見える男の上半身はとても美しく何か西洋の彫刻を思わせるような神々しさと甘さを漂わせている。首下まで伸びて軽くウェーブのかかった甘い髪色が白く引き締まった肌に汗で軽く張り付いている。その汗の反射さえも一つの宝石のように透明度をもって輝いているようにもみえた。
「あぅッ....い、痛くないッ..ぅんッ...きもちッ...イイッ....」
感極まったように感じきっている兄は手をついていた壁に頭を擦り付けるように悶えていた。肌には何も身につけていない。
そんな、美しく妖艶な兄を美しい男が攻めて犯している。
男は、兄とは反対にすこし厚めの形の良い唇に綺麗な弧を描いて涼しい顔で前だけ寛がせた学生ズボンを身に付けたまま腰を激しく打ち付けている。
「ははッ...はー...きもちいね...」
前髪を片方の手でかきあげながら甘く低い声で男は呟いた。くっきりとした垂れ目気味の綺麗な瞳が細められている。
兄の理性を飛ばして解放したように喘ぐその姿はいままで俺が知っていた兄とは別人で、そして想い人のあられもないその様子を目の当たりにして心をどう動かせば良いのか分からない。
でもとても悲しく、同時に兄が心配だった。
何故かは分からない。
すぐさま、ここから離れれば良いのにさっきから俺はなかなか動けなかった。
「あれ?」
そうやって頭でぐるぐると考えてる間に、男の声が聞こえてくる。そういえば、兄の声もいつの間にか止んでいた。
「.............ぁ....。」
手が震えて、俺は母から預かってきた弁当を床に落としていたらしい。
気付かなかった。
俺は、考えもしなかった事に遭遇したりするといつも身体が動かなくなる。
下を向いていた俺は、胃が痛むのに顔をしかめた。
くそ。ほんと運が悪い。出来れば知りたくも見たくも無かった。
「あれぇ~、だれぇこの子」
そういって男が俺の方を向いて声を出していた。すらりと伸びた長身の男が綺麗に佇んでいる。つい今し方、情事に及んでいたとは思えない雰囲気を持って。
「..........さくら。」
そのあとに、困惑を少し滲ませた高めの透き通るような兄の声が聞こえてきた。
いつの間にか大きめの白いシャツを羽織っていて此方を見て目を見開いている。
ああ、久しぶりに聞いた。
呼び捨てだけど。久しぶりに自分の名前を呼ぶ兄の声。
俺は、その時不甲斐にも泣きそうになってしまった。
くそ、なさけない。こんなとこで、しかもこんな状況でなんで泣いてんだってなる。
あぁ、もう。
こみあげるものに少し顔を歪めながら兄に知られたくなくて咄嗟に下を向いて喋った。
「ひ、ひるごはんッ。母さんに頼まれて弁当持って...きた...きたんだけど...」
床に落としてしまったから多分、中が軽く崩れてるだろうなと落ち込んだ。
俺は、震える手で床に落ちた弁当を拾おうと腰を落とした。
「..............」
兄からは、何も言ってこない。
そ、そりゃそうか。こんな勝手に入ってきて覗き見みたいに。
顔もあげれなくて俯いたまま俺は、弁当を手に持った。
目の前が少し暗くなる。
「え。ココちゃんのおとうとクン?」
頭上から男の楽しそうな声が聞こえてきた。
「........」
俺はしゃがんで動かずにいると目の前で布の擦れる音がして、そして微かに香る香水の匂いが鼻腔をぬけていく。
「あはー、なんで泣きそうなの?ははは。ふるえてるし。」
顔を上げた俺を見てそれそれは美しく甘い笑顔をもって近くから覗いてきた男はそう言って俺のことを笑った。
俺は、男の後ろにいる兄の方に目を向けた。
あまり男の方を見たくない。
兄はこの男と付き合っているのだろうか。
眼を向けた時、兄はこちらを見ていたが、俺のことは見ていなかった。俺の目の前にいる男を後ろからじっと見ていた。
思わず、声が出た。
「に、にいちゃん。」
咄嗟にこちらを見て欲しいがために兄を呼んだ。
相変わらず、目の前の男から視線を感じていたが、兄が俺の方を向いてくれればそれで良かったのに。
呼ばれて、兄の綺麗な瞳が此方に動く。
「........ッ」
相変わらず感情のない瞳におおよそ俺が見えているのかも分からない。
「さくら」
先ほどよりも抑揚のない通った声が、俺に向けて発せられた。
「お弁当。持って先に家に帰っていて。俺も家で食べるから。」
そう言った兄の瞳がすぐまた俺から反らされた。
悲しい。わかっていたけど。自分は嫌われているのか、いやそもそも興味や関心すらも持たれていないように感じる。
兄の態度はそのくらいなんの感情ものっておらず冷めたものだった。
「........わ、わかった....」
また、引っ込みそうになっていた涙がこみ上げてきたので俺は直ぐに兄から顔を逸らす。
持っていた弁当に視線を落として立ち上がろうとした。
そのとき、視界の先で男の美しく大きな手が伸びてくるのが見えたので、
俺の身体は咄嗟に動いた。
ぱしんっ。
「ッ.....」
申し訳なさが一瞬募ったけれど、後悔はない。
男は、少し驚いて眼を見開いたが直ぐにまた何か楽しそうに笑顔になった。
いやだな。
失礼な態度を取ったのは理解しているけど謝る気にもなれない。
何か試してくるような、俺の心を見て探ってくるような男の目線から逃げたかった。
はやく、帰ろう。
「は、はたいてしまって...すみませ..ん」
しりすぼみになりながらなんとか謝りの言葉を発して、俺は急いで立ち上がり玄関へ急いだ。
うしろから、どちらとも分からぬ声がしたが俺は早足に靴を履いて走るようにドアから出て行った。
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