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第4話
△
「....ただいま」
玄関にゆっくり腰を下ろす。
コトッ 隣に置いた弁当をチラリと見た。
はぁあ。何もかも忘れたい。先ほど見た光景全て。
記憶から消し去りたい。脳味噌取り出して再ログインしたい。
イライラし始めて俺は、つい音が大きくなるのを抑えられないまま
二階の自分の部屋に急いだ。
母はどうやら留守らしい。
ボフンッ ベットに制服もそのままで突っ伏した。
にいちゃん....あいつと付き合ってんのか...
ふと、あの甘い美しい顔が目の前に浮かぶ。
おもわず眉間にしわが寄った。
「あんなやつ.....」
どこがいいんだよ。いや、なんもしらんけども。でも、気に食わん。
あの、人を小馬鹿にしたような喋り方も甘い笑顔も.....
思わず、負け惜しみのような言葉が出た。
けど、天使のように美しくて妖艶な兄に負けず劣らず綺麗で美しく雄々しい存在だった。
それこそ俺など、入る余地もないほど二人の居る空間は逸脱して特別なように感じた。
体をベットの上でまるめる。悲しくて寂しくて今のおれは、拗ねてダサいただの子供のよう。
俺も、他人だったら、
「意識してもらえたかな....」
しん とした部屋に俺の弱々しい呟きが響くこともなく消えて行った。
むなし。ありえんだろ。また、涙出そ。俺ってこんな泣きやすい
性格してたっけ?女々しすぎてひくわ。引っ込めクソ涙。俺は泣きたいわけじゃない。
また、ベッドに顔を隠すように擦り付けて、俺は深い眠りにそのまま落ちて行った。
起きた時には、もう思い出すこともないようになっていて欲しい。
カチッカチッ
ふと時計の針の音が遠くで密かに聞こえてくる。
気づくと、部屋は薄暗く俺は随分眠っていたらしい。
「.........」
そっか。俺、弁当。あれ、弁当ってどこに置いたっけ。
あ。玄関。
のそりと、体を起こす。
制服のまま寝たので体が少し窮屈でだるい。
いま、何時だ...
斜め前に放り出されたようにベッドに沈んでる携帯をとって時間を見る。
「16時....」
はい?爆睡やないか。
どんだけ、記憶抹消して目背けたかったんだよ。
逆に痛々しいぞ。
とゆうか、兄ちゃん帰ってきたのか?会いたくねぇ。もう、寮に帰りたい。
憂鬱にそう思いながら俺は、ベットから起き上がって着替えようとした。
コンコン。
ピタリと手が止まる。
「...............。」
カチャリ。 静かに軽いドアノブが動く音と共に部屋の扉が開いた。
「さくら。」
静かで抑揚のない声が左耳に届いてくる。
......。どんな顔してればいいのか分からないまま、俺は静かに声のする方に向き直った。
ドア付近からまだドアノブを掴んだままこちらを見ている美しい兄が佇んでいる。
「に..いちゃん。」
もしかして、怒っているのだろうか。
距離を置いた実の弟が居留守を使ったにも関わらず、勝手に制作部屋に
入ってきてあまつさえ恋人である可能性の高い人物との情事中を邪魔した。とか。
「起きたなら、ご飯だって。母さんが。」
必要最低限を伝えるその言葉はなんの色も感情もない。
そのまままた兄は出て行こうとしたので俺は咄嗟に声を出した。
「に、にいちゃん!...ッ、あの...、」
兄の動きが止まる。
俺は、震える手を握り締めて声をだした。
「あ、あの..さっきの..人とは...付き合ってる...の...?」
口に広がる苦い唾液を感じながら、俺はにいちゃんの方を見た。
顔だけ振り向いた兄の顔が、薄暗い俺の部屋と部屋外の廊下の明かりのせいでよく見えない。
瞳を細かく揺らす俺に静かに発せられた、
「だったら..なに?」
気持ちの読めない声色だった。
俺は、俯いてしまった。
「お前に、関係あるかな。」
今まで兄からは一度も言われた事の無い内容が薄暗い部屋に今度は響くように自分の
耳に届いた。
締めかかったドア付近に立つ兄の身体は安定した綺麗な軸をもって微動だにしておらず、
言い知れぬ圧を感じる。
か、関係ない....よね..、ただの兄弟。いちいち詮索されたくないよな。
それでも、俺の胸はやはり高鳴っていた。
『さくらちゃん!』
昔の兄の笑顔が優しい声が俺の脳裏にずっとこびり付いて離れない。
やっぱり特別なんだ。そう、素直に思った。
兄がどんなつもりでその言葉を発していようと俺の心は変わらない。
何も答えないでいる俺を無視するように兄は、そのまま音なくスーッと部屋から去って行った。
「.........ッ」
咄嗟に側の壁に片手をつく。
心臓痛い....。緊張した。
俺、何もいえなかった。
あいつと付き合ってるのかって、それはもちろん気になる。
曖昧にしか答えてくれなかったけど。
てか、にいちゃん、少し身長伸びてたな。
自分よりも少し低い兄の姿を思い出す。
想いを寄せてる綺麗な兄よりも少しでも背が高くなったことは
言いようもない喜びを感じものだ。
心臓の音うるさ。どんだけだよ。
頭が真っ白になって何話せば良いか分からなくなる。
聞きたいこと最後まできけないし。というか、ほんとに
「嫌われてんだろうなぁ。」
昔の兄を思うと俺何かしたかっておもうけど、馬鹿な頭で考えても
何したか全然わかんない。
兄が俺を避けたくなる、いやそもそも興味すらわかなくなるほどに何がいけなかったんだろうか。
ため息をついて、着替えるためにしわくちゃになった
制服に手をかけた。
△
「よっす。」
実家から寮に戻ってきた俺を、部屋の共有リビングからソファに座っていた私服の春が声をかけてきた。
「あれ。春もう帰ってきたの?」
俺は、予想もしてなかった同室者の姿に少し驚きながら荷物を持って部屋に上がる。
連休入る前に、今回はほとんど実家って言ってなかったっけ?
不思議に思いながら、春の座るソファの目の前に座った。
俺はというとあの後両親に断りを入れて二日間ほどで寮に帰ってきた。
「うーん。なんとなく。」
携帯に目線を落としていた春はチラリと俺を見てまた眼を落とした。
「そう。」
...........。
落ち着く。両親に気を使わなくて良いし、この部屋は窓が多くて陽が多く入るけど
それがとても部屋を落ち着かせて健康的なものにしてくれる。
俺も、必要以上に物を置かないし、春もそうだから寮の部屋はほんとにすっきりしたもので、
余計なものに目が疲れる事もない。
ソファに身体を預けて大きなリビングの窓から差し込む太陽を浴びて
ぼうっとするのが最高だった。
実家より心地いいってある意味幸運だよな。
兄のことでこの高校選んだのが大きな理由だったけどここに入学して良かったって思う。
俺が、ぼうっと窓の方を見て眼を瞑って休んでると前から声がかかってきた。
「なんかあった?」
カチッと携帯の画面を落とす音と共に春がきいてきた。
ぼぅっとしたまま春の方に向き直る。
「んいや?」
力の抜けた声出た。
春と話す時は気が抜ける。力まなくていいし、
にいちゃんの時はあんなんなるのにな。
へにゃりとした表情のまま春の方を向いてると、頭を微かに傾けてこちらをじっと見てくる。
男前だなー。私服もほんとにイケメン。
シンプルなフッションも春本人のカッコよさを際立たせている。
ふと気になって聞いてみた。
「春って付き合ってる人いんの?」
春が少しだけ眼を見開いた気がしたがきのせいか。
だって、こんな男前なのに春って謎なんだよな。
よく携帯触ってたり、休日は出かけていて居ないこと多いけどあんまり誰かに会いに行ってるとか、誰かに想いを馳せてる?みたいな若者らしい浮き足だった雰囲気を感じない。
それか、もっと落ち着いた恋愛してんのかね。相手年上だったりして。社会人とか。
うわぁ、春だったらありえそうだ。
そんなふうに思いを馳せながら目の前の同室者を観察してると、春の口が開いた。
「さくらは、いんの?付き合ってるやつ。」
おう。まさかの質問がえしかい。なんか、面白しろそーな顔してるし春。
なに。俺、からかわれてる?
「質問に答えてくれない春乃くんにはこたえてあげませーん」
ふざけてだるそうに俺が返すと春は喉の奥で軽く笑った。
笑う時少し下を向いて薄い唇に綺麗な弧を描いて上品に笑う。
そういうとこが、なんか年上っぽくて俺は劣等感。
「いねぇよ。」
春は俺を見据えてそう静かに言った。
え。まじ?こんなイケメンが?ええ。ありえない。ますます春って謎だな。
「春って、なぞ。」
思ったまま言っちまった。
「なんだそれ。...てか、お前は。」
「俺?....いるわけないじゃん。おれだよ?」
好きな人は居るけど、叶うこともないだろうし。
すこし自傷気味に笑うと俺はまた窓の外の景色に眼を向けた。
「好きな奴は、いんのか?」
俺は少し驚いて、目の前の男に向き直った。
先ほどと違って春の顔に表情はない。
「なに。はる。今日は随分質問してくるね。めずらし。」
いつもは最低限のかるーい会話しかしない。
お互いの知らないことを質問する事も殆どないから、
素直にそう言うと春は俺から視線を逸らした。
陽にあたる横顔が美しい。綺麗な頬から顎にかけての線が男らしさと少しのまだ抜けきらない幼さを感じた。
「別に、言いたくなけりゃ言わなくていい」
ぶっきらぼうにそう答える春から怒りなどはかんじない。
ほんとに、そう思って言ってるんだろうな。
春は、人に興味がなさそうなのに、素直なやさしさがあんだよな。なんて言うか、うーん。
ふと、あの美しい男の顔が浮かんだ。
兄は、あの男が好きなのだろうか。
男に犯されながら淫らに喘ぐ兄の様子から男への恋心をはかる事など俺ができるはずもない。
窓の外の景色にまた眼を向ける、
遠くの空に数羽の野鳥が番いのように戯れながら
広大な空に馴染んでいるのをなんとなく羨ましく感じた。
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