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第5話
△
他人の気持ちなど知りようもない。
それは、逆も同様で
じゃあ、自分以外の他人と距離を縮めるにはどんなことを
すればいい..?
分りようもない相手の気持ちにどう寄り添う?
寄り添った後、どう反応すれば自分の中の違和感はなくなるのか。
△
教室に終了の音が鳴り響く。
また、教室は賑やかになり、俺は寮へ帰るためダラダラと
動き始めた。
軽く数人が俺に声をかけて帰ってゆく。
入学してから友達はそれなりにできたと思うが俺が必要以上に喋らない性格のせいもあって付き合いは軽い。
連休明けだからか久々の学生生活にいつも以上に違和感を感じる。
腕にある時計をみた。
今日は春がこっちにくんのかね。
同室者の春とはクラスが違う。
なんの会話や連絡もなく放課後になると春が俺の教室に来て一緒に帰ることがある。
数分待って、春が来ない時は用事がある時。
特にお互い部活してるのかとか放課後何してるのかは聞いたことがない。
なりゆきで、時間が合えば一緒にかえる程度。
俺自身、その関係性がとても楽だった。
カチカチ
部活には所属していないので放課後は自由。
学園近くにある菓子屋にでもよるか。
ついでに春にもなんか買って帰るかね。
あそこの品揃え俺の好きなの多いんだよなぁ。きっと店の主人とは気が合う。
なんてだらだら教室の自分の椅子に座って考えていた。
今日は、こないか。
同室者が現れないようなので俺は席を立って教室を出た。
何買お。まだまだ、8月下旬であつくてあつくて焼け死にそう。温暖化。やさしくない。
ラムネ飲みたい。炭酸の効いた飲み物を頭の中で連想しながらゆっくり教室を後にした。
「どうもー」
ラムネ二本に数個の菓子類が入った袋をもって店から出た。炎天下。
空にある眩しすぎる太陽を仰ぎ見る。
ああ、部屋に帰って早く着替えたい。
シャツが肌にはりついて少し鳥肌がたった。
カラン。歩くと袋の中の瓶が軽く音がなる。
歩きながらなんとなく思う。
俺ってこうやってこれから卒業してからも過ごしてゆくのかな。
俺の状態ってさびしい?
一人で帰って、ひとり店で菓子買って、こんなふうに木々の立ち並ぶ自然歩道をゆっくり
歩いて帰る。
嫌いじゃないんだけどな。一人なのも音のない空間も。
人がいない所でゆっくり風に当たっているのが俺はとても好きだった。
思い返せば、幼少期の頃から一人遊びが多く誰かから声をかけられて
一人の世界が中断されるのが居心地が悪かった。
俺だって、人と関わって笑い合うことを好む時だってあるけれど基本は一人行動をするのが好きで、誰かについていきたい、いっしょにいたいと強く思ったのは兄一人だけだ。
遠くで、運動部の声が聞こえる。
「あれぇ~、おとうとくんじゃん。」
急に、後ろから声がかかった。
カラン。足を止めたおかげで、地面と靴底が擦れる音を追って、
ラムネの瓶がまたぶつかる音がした。
聞き覚えのある声。
ここでかよ。まぁ、分かってはいた。あんとき制服きてたし。
でも、学年も違うし特にこの学園は学年別に建物から違う。
だから、そうそうない限りあわないと思っていたのに。
振り返らず、聞こえなかったフリするか。いや、無理あるな。止まっちまったし。
幸い、足を止めたとこが木陰になってる場所でよかった。
こんな暑いなか、憎き恋敵との会話なんて胃が痛すぎて耐えられん。
覚悟を決めて、後ろを振り返る。
「やっぱりぃ、おとうとくん。」
あの時以来に見た男。
木陰にいる俺の数メートル後ろで、
日光に照らされズボンに手を入れた美しい男がすっと立っていた。
白い半袖の制服シャツとズボンで何も荷物を持っていないようだった。
肩上まで伸びた柔らかそうな甘色の髪が風に軽くなびいていた。
空いたシャツの首元に細い銀色のネックレスが太陽光の反射で細かく光っている。
相変わらず、完璧な容姿。スラリと伸びた脚や腕。均等の取れた筋肉と若々しく瑞々しい艶やかな身体がこちらからもみてとれる。
「..............」
あの時見た時より、背が高く見える。それに健康的。太陽のよく似合う綺麗な肌色をしていた。
「.......どうも」
俺は、小さく答えてまた男をじっと見た。
喋りたくねぇな。何がよくてこの男と話すのか。なんの意味もない。いらいらする。
つい、舌打ちしそうになるのを我慢して立っていると声が聞こえてきた。
「おとうとくん、なんかおこってるぅ?」
へらっと顔を少し傾けて困り眉で優しく笑ってきた。
「..................。」
..........。なんだ。その顔。なんか雰囲気ちがうな...。
男は、小さな子供に語りかけるような柔らかい雰囲気で
この前見たときと全然違う。少し厚めの唇と垂れ目の綺麗な瞳が壁を感じない。
ひょうしぬけだ。
俺は、額の眉間にシワがよるのを感じながら男から眼を逸らした。
この前の感じからするに、何かダル絡みされると思って身構えていたのに
目の前の男は、まったくそんな雰囲気じゃない。
間延びする喋り方も元々彼の喋り方なのだろうか。
「怒ってないかと言われれば、違いますけど....でも、俺が勝手に思ってることなんで
先輩には失礼な態度、とってすみませんでした。....このまえも...」
おれは、出来るだけ素直に言った。
この感じもなんか俺偉そうだよな。でもこれ以上ましな言葉も出てこない。
「俺に、おこってはいないけど、でもなんかあるんだ?」
はは、別に謝らなくていいよ。と軽く笑いながら言ってくる。
可愛らしくそうやって微笑む男を見て思う。
俺じゃなければ、この仕草や表情にどれほどの人間が惚れ落ちることだろうな。
夏の空気にそよ風が吹く。俺にかぶる木陰の木漏れ日がゆらゆらと動いていた。
男の言葉に答える気もなかったので、俺は袋から先ほど買ったラムネの瓶を取り出した。
春にと思って買ったけど、まぁいいか。
なんか、俺だけ日陰にいるし。
この人は何も悪くないし。
俺が勝手に敵対視してるだけで。
ニコニコとさっきから平気そうに陽の下に立っている男が何故かかわいく見えた。
独り行動をするタイプには見えないのに寮近くのここら辺で何をしていたんだろうか。
「先輩。ずっとそこで暑くないです?...これ、よかったらさっきそこの店で買ったんですけど。」
俺は、木陰から身体を動かし男の方に歩いていった。
瞬間、暑い日差しの温もりがからだを包んでくる。
カランコロンッ。
「え?いいの?」
少し眼を見開いて、子供のような声で聞いてくる美しく甘い男。
俺は、思わず笑った。
猫みたいだ。
「どうぞ。俺はさっき飲みました。気にしないでください。お金とかも大丈夫なんで。」
瓶をもった腕を男の方に伸ばした。瓶につく水滴が自分の指を伝い。数滴、地面にポトッと落ちる。
「ありがとう...」
ラムネの蓋付近を軽く掴んだ指を、俺はスルスルと離した。
音を立てた瓶が俺の視界から美しく大きめの手によって消えてゆく。
視線をあげなかった俺は、先ほどから心の奥にしまっていた言葉をだそうか思案していた。
俺の視界に男の白いシャツが広くうつる。
背が、たかい..な。
172ほどの俺が近くに立ってこんななんだから、180以上は軽くある。
ほんと、あついね。なんて上から甘い静かな声を聞いて、俺はやはり口を開いた。
「....先輩は、うちの兄と...どうゆう関係..なんですか..。」
俺は、下をむいたまま質問した。
「..どうゆう?」
呟くような声が聞こえる。
先ほどより、風が強く吹く。汗で張り付く地肌と髪の毛との間を裂くように空気が通り過ぎるのを感じた。
「....兄と、つき..あっているんですか?」
今度は、顔をあげて質問した。
表情は変わらず微笑んでいたが明らかに先ほどと瞳の色が違う。
あの時、見た瞳だった。
失敗したな。
男の雰囲気があまりにも違ったのでつい気が緩んだ。
他人の中身なんて知る由もないのに、柔らかい雰囲気に勝手に自分の
知りたいことを聞いてしまった。
聞かれたくない質問だったろうか。
あの探るような眼から、俺は逃げるように視線を逸らした。
した瞬間、
「つきあってないよ。」
そう男は言った。
なんだって。付き合っていない?
身体に力が入る。
兄の姿が一瞬、脳裏を駆け巡った。
付き合っていないのに、性行為はする関係。
俺は、思わず短く息を吐いた。
やっぱり、聞くんじゃなかった。
「.....そう..ですか...」
にいちゃんは、この人をどう思っているんだろうか。
冷たい瞳で俺を咎めるように見据えてくる兄の姿が勝手に浮かんだ。
肌から感じる外の温度はとても暑いのに、身体や頭の中はどんどん冷え切ってゆくようで
自分が一つの空洞になったように感じる。
「ねぇ。」
眼に見えて暗くなっていた俺に男はまた声をかけてくる。
抑揚の少ない声を聞いて俺の意識はまた動き出す。
「......なんですか」
俺は、ぼうっとして答えた。
「どうして、そんなこと聞くの?」
「.....どう..して..って...。」
「やっぱりさ。それってさっき、怒ってないけど、
思うことあるって言っていた事と関係があるのかなぁ?」
俺は、驚いて目の前の男を見た。
男は試すような目で見下ろしている。
兄の制作部屋で見た男の姿と重なった気がした。
でも、探りを入れたのは俺も同じだ。
にいちゃんがこの男と付き合っているのか知りたくて。
男から俺の気持ちを詮索されても仕方がない。
つい自分の単純さにため息が出そうになる。
もういい。この際、はっきり言ったほうがいい。
俺は、胃の奥にムカムカとするものを感じながら、喋った。
「兄がどう思っているのかは、知らないけれど、
でも、俺は、ッ」
言葉が詰まる。
兄を好きな事で別に周りの事だの気にしてはいない。
けれど、もしこの男が他人に言いふらすような男だったら?
それこそ、俺の馬鹿で軽率な行動のせいで
実の弟に好かれているなどと噂が広まろうものなら兄自身に迷惑がかかる。
にいちゃんの人生の足手まといにはなりたくない。
男の顔を見上げた。鼻の奥がすこしツンとした。
「俺は、せ..、あなたが、兄とどんな関係か知りたかった。でも、
あんな行為をしておきながら付き合っていないなんて言う。」
夕方の空が本格的に強くなりつつあり、
先ほどとかわって太陽の眩しさは消えていた。
軽かった木漏れ日がくっきりと形のわかる暗い影に変化してゆく。
両手を、ぎゅっと握り締める。
「今まで、兄は色々と危険に晒されることが多かったから。だから、心配なんです。」
夏の夕日が男の後ろに隠れていた。
逆光の影によって男の健康的な肌が青白く見える。
本音はいうまい。けれど、兄がこの男を好いているのならこれ以上余計な事を言う事もできないだろう。
「兄を傷つけるような事だけはしないでください。
....それだけ..です....。」
そういって、帰ろうと身体を動かした。
動いた途端、頬に伝う何かを感じたが無視した。
「まって。」
咄嗟に聞こえた声に顔をしかめたが振り返らずに返事をした。
「なんですか....」
声を抑えながら絞り出した。
「...もし、嫌だって言ったら、きみは怒るの?」
は?なんだって?
「ばかに..してます?...」
こめかみに血が上るのを感じる。
俺は、気づかぬうちに顔を向けて男の方を見ていた。
おとこは少し困った表情をしていう。
「君のおにいちゃん...ココちゃんとはお互い遊びだよ。最初から。
身体だけの関わり合い。
だから、おとうとくんが心配してるような事はないんじゃないかなぁ。」
ゆったりと優しく言ってきた美しい男。
おれは、視界がぼやけるのも放って今度こそ素直に感情的に声を発してしまった。
「じゃあ、離れて。お互い遊びなら、アンタから離れたって問題ないだろ。ッもうにいちゃんに、関わるな。」
そう言って、俺は間を入れずに寮の方へ走った。顔を背ける瞬間
眼に溜まっていた涙が落ちると同時に男のこちらを見る顔が見え気がした。
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