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第71話
※瑞樹視点
心配してくれる紅葉さんに大丈夫だと笑って、校舎前で別れた。
紅葉さんは用事があるようでまだ寮に帰らないそうだった。
寮までの道をゆっくりゆっくり歩いていたら俺を呼ぶ声が聞こえた。
前を向くと飛鳥くんと英次がいた。
そうだ、二人と約束していたんだっけ……せっかく仲直り出来たのに忘れていた、最低だな…俺は…
俺は心配掛けないように無理に笑顔を作って二人に笑いかけた。
「ごめん遅くなった」
「なんかあったかと思って心配したんだぞ!」
「…何でもないよ、ちょっとバンドのメンバーと話し込んじゃって」
「それが何でもない奴の顔か?」
英次は普通に話していたから上手く隠せたと思っていた。
……さすがに家族には隠し事が出来ないようだ。
飛鳥くんに肩を掴まれて木に体を押し付けられる。
真剣な眼差しを反らす事が出来ない。
でも、なんて言ったら理解してくれるだろうか。
架院さんに手を払われたから落ち込んだとか意味が分からないだろう。
「…その、ある人に拒絶されちゃってさ」
「ある人?」
「うん、ただそれだけだよ」
「それだけで瑞樹はそんな顔をするのか?ソイツの事好きなのか?」
「………え?」
好き?確かに初めて会った時、綺麗な人だと思っていた。
でも最初に架院さんを見た時の印象は好き、というより何処かで会ったような気がした。
まだその正体が分からないが、それが好きという感情だったのならそうなのかもしれない。
好きだから拒絶されてフラれて傷付いたのか。
すとんと心の中の引っ掛かりがなくなり自分でも驚いた。
自分の感情なのに飛鳥くんに教えてもらうなんて、と苦笑いする。
「瑞樹、分からなかったのか?」
「…ははっ、まぁな…でももうフラれたんだけどな」
初めての失恋はこんなに心が苦しいものなんだな。
涙は出ないが言葉に詰まってしまう。
そんな俺を何も言わずに飛鳥くんは抱き締めてくれた。
自分以外の暖かい体温に安心する。
「俺がいるだろ」と飛鳥くんは優しい言葉をくれる。
…でも、俺は大勢ではなく…一人一人と恋愛しているんだ…誰一人の代わりになんてしないよ。
「飛鳥くん、今日は…その…契約の気分じゃないんだ、ごめん」
「…分かった」
誰かにフラれた気持ちのまま、飛鳥くんに抱かれるのは飛鳥くんに失礼だ。
気持ちが落ち着いたら契約しようと決めて、今日は三人で話そうとなった。
寮の飛鳥くん達の部屋に初めてお邪魔した。
内装は俺達の部屋とそう変わらなかったが、少し物が多かった。
物の半分以上が英次の私物らしく、これでも片付けたのだと威張っていた。
物を端に退かしただけで片付けたとは言わないだろう。
相変わらず片付け出来ないのかと片そうと手を伸ばす。
しかし飛鳥くんに肩を掴まれて止められた。
「何やってんだ?」
「いや、掃除を…」
「まさか俺がいない間アイツの部屋の掃除でもしてたのか?」
俺がいつものように自然と掃除を始めようとするから飛鳥くんは英次を睨んだ。
英次は飛鳥くんから目を逸らして、近くにあった雑誌を手に取って上下逆にして読んでいた。
それが答えのようになり、飛鳥くんが英次に近付くから喧嘩になる前に止めた。
確かに英次の部屋に行く度に汚れているからわざとかと思った時もあった。
でも俺は英次に片付けてと言われていない、自分で片付けたから英次は悪くないんだ。
誤解を解くためにそれを伝えたが、逆に不機嫌にさせてしまった。
「瑞樹はコイツに甘いんだよ」
「……そんな事は」
飛鳥くんは一つため息を吐いて苦笑いした。
そして床に転がっていた何に使うか分からない筒のカタチの何かを英次に投げつけた。
見事顔面ヒットして英次は床に倒れた。
あの筒のやつは柔らかそうだったから多分大丈夫だろう。
それよりあの筒が気になる、見た事ないけど何を入れるものなんだ?
嫌な顔をして手を叩く飛鳥くんを見つめる。
「飛鳥くん、あの筒って…」
「瑞樹は知らなくていい」
「…どうして?」
「汚いものだから」
結局あの筒が何なのか教えてくれなかった。
自分で調べるにも名前が分からないとどうしようもない、玲音なら知ってるかな?
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