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第4話 Spring Love Song
晴れた青空を、風花が舞っていた。
今年最後の雪だろう、と浩也は思った。
一月後には、薄紅色の花弁が降りしきる中、自分はこの学び舎に足を運ぶのだ。
3022…3025、3026…3037…3042!!!
よっしゃあ、と浩也は心の中でガッツポーズを取った。
サクラサク、三月。
浩也は某大学のキャンパスで、受験票を握りしめ、合格掲示板を確認した。
今時、合格発表はオンラインでも確認できるが、晴れ舞台はドラマチックなほうが良い。
ポケットからデジカメを取り出し、証拠を画像におさめる。
超軽量コンパクトでスタイリッシュなデザインの、最新型である。
卒業祝いとして、叔父の惣八郎がプレゼントしてくれたものだ。
『入学はできるかどうか分かんねえもんな。』
余計な一言だと思いつつ、浩也は感謝のことばを述べた。
前々からずっと欲しかったのだ。
『サンキュ、だけど絶対受かるから。一番最初に、合格発表の写真を撮るよ。』
どうだ、見たことか!!
これで周囲が見返せる、と浩也は有頂天になった。
両親でさえ、浩也の合格には懐疑的だったのである。
『恋をして〜、すべて捧げ〜』
鼻歌を歌いながら庭を掃き清めている父親に、『俺、今から合格発表見に行くから。』と声をかけたときのことである。
『ああ、そう言えば今日だっけな、発表。すっかり忘れて、桜ドロップスなんて、お前の結果を暗示してるような歌、歌っちまったよ、あっはっは。』
くそ坊主、と浩也はこっそり呟いた。
『あのな、『試験に落ちる』はfailなの。そのドロップは全然意味違うって。』
冷たく言い放つと、浩也は洗い物をしている母親に声をかけた。
『あのさ、合格したら友達がお祝してくれるって言ってたから、飯いらねえワ。』
『不合格だったら?』
『家で食う。とにかく電話するから。』
『じゃあ、今夜は可哀想な浩也のために、すき焼きを準備して待ってるわ。』
どう言う意味だ、くそババア。
どいつもこいつも、と思いつつ、言っても無駄なので浩也は家を後にした。
合格発表という人生の一大イベントを控えているのに、余計なエネルギーを浪費したくなかった。
いつになく晴れがましい気分で、浩也は家に電話をした。
『はい、片桐です。』
「あ、おかん。オレオレ。受かったよ。つーことで、入学金とかいろいろ面倒かけるけど、ヨロシク。じゃ、飯はいらないから。今夜の俺は探さないでくれよな。」
笑いが込み上げる。浩也は饒舌に軽口を叩いた。
『……。』
「もしもし、おかん、聞いてる?」
『おとーさぁん、たいへんよ、ついに家にも『オレオレ詐欺』が来たわ〜。』
受話器越しに母親が父親を呼ぶ声が聞こえ、浩也はどっと力が抜けた。
息子の声も分からないのか、くそババア。
浩也は電話を切ると、受験生とサークルの勧誘活動をする学生でごった返したキャンパスを後にした。
この知らせを、浩也本人以上に待ちわびている人間がいるのだ。
「じゃん♪」
いつものラブホの一室で、浩也はデジカメを取り出し、合格発表をおさめた画像を見せた。
「夢じゃないね。」
「夢じゃねえって。」
「すごいね、それにこのカメラ、かっこいい。おニュー?」
「叔父さんからの卒業祝い。……なあ、郡司も俺に合格祝いくれよ。」
「何が欲しいの?オ・レ?」
イタズラっぽい笑みを浮かべながら郡司が聞き返す。
「バカ、『これ』はとっくの昔から、俺のものだろ?」
浩也は郡司の身体をベッドに押し倒し、唇を重ねる。
「こうやってお前に触るの、すげー久しぶり。バレンタイン以来だよな、うれしいよ、まじで。」
「浩也、俺じゃなかったら、何が欲しいの?」
ニヤっと笑みを浮かべると、浩也はデジカメに手を伸ばした。
「ハメ撮りさせて。」
「えっ」
郡司が目を見開いた。
卒業式の日に学校で顔を合わせたものの、浩也はまだ前期の発表を控える身としてぴりぴりした受験モードの中にいたし、郡司は郡司で、既に私大や推薦で合格の決まった連中と打ち上げがあり、話ができるような雰囲気ではなかった。
実に長い禁欲期間だった。
祝、解禁!!
ボージョレヌーボーにはしゃぐ大人たちに気持ちが、この時ばかりはなんとなく分かる。
浩也は郡司の服をむしり取った。
「もう、毎日お前のこと考えながら一人で抜く虚しさっつったら。」
「浩也、俺のこと考えながら毎日してたの?」
「ああ。イク時はいつもお前の名前呼んでたよ。」
「嘘ばっか。」
少し顔を赤らめて拗ねたような口調で郡司が呟く。
「嘘じゃねーよ。ほら、証拠。」
浩也はスマートフォンを取り出し、画像データを見せた。
少しピントの甘い、郡司のアンニュイな表情が画面に映し出される。
「あ、これ……。あはっ、懐かしい、この髪型。」
「俺のオカズ。毎日毎日、飽きもせずにずっとこればっかり。なあ、四月から学校別々じゃん。今までみたいに毎日顔合わす訳には行かねーから、お前のいろんな表情、おさめておきたい、そしたら肌身離さず持ち歩けるし。」
「浩也……。」
郡司が潤んだ瞳で浩也を見上げた。
「すごくうれしい。」
郡司は浩也の首に腕をまわして抱きつくと、胸に顔を埋めた。
「浩也とつき合い始めても、俺、ずっと不安だった。浩也が離れて行っちゃうんじゃないかって。浩也がこうやってずっと俺のこと考えてくれるのって、夢みたいだよ。」
不安だったと改めて口に出され、浩也は胸が痛んだ。
交際を始めて1年近くになるが、郡司の気持ちに対して真剣に向き合うようになったのは、ほんのここ数カ月であることに思い至ったのである。
『片桐君、ちょっといい?今、暇?』
三年になり部活を引退し、受験モードが広がりを見せ始めたある日の放課後、郡司は浩也に声をかけてきた。
三学年で初めて同じクラスになった郡司は、大人しくて影の薄い生徒だった。
まともに口を利くのは初めてかも知れない。
(暇って、俺は勉強しているんだけれど)、と言いかけて止めた。
郡司は、顔を蒼白にして全身震わせ、目は落ち着かなく泳ぎ、全身に緊張が漲っていた。
よほど切羽詰まっている様子だ、力になってやらなくてはならない。
「強気を挫き、弱気を助けよ」と浩也は住職の父から常に言い聞かせられていた。
もっとも、父親は「長いものには巻かれろ」ともしょっちゅう言っており、かなりいいかげんなのだが。
『なに?』
連れていかれた、人気のない屋上で郡司は思いつめたように見上げてくる。
『片桐君、つき合ってる人、いる?』
『は?』
苛めの相談でも受けるのかと思っていたので、浩也は一瞬何を聞かれたのか理解できなかった。
『彼女とか、好きな人とか。』
『別に。』
恋愛の相談をしたいのだろうか?
(おいおい、選ぶ相手を間違っているって。)浩也は心の中で突っ込みを入れた。
『フリーなの?恋してないの?』
『別に。』
浩也はいささかむっとして答えた。てめえの知ったことか。
『じゃあ……あの、その、お、お、俺とつき合ってっ!』
『は?』
『片桐君に、他に好きな人ができたら、その時は黙って身を引くから。』
『つき合うって、俺、男なんだけど。』
そんなことは百も承知だと言わんばかりに、郡司は頷く。
『……』
なんといって良いのか分らない。
『……だめ?気持ち悪い?』
『お前、ホモ?』
『……。』
郡司は俯いて黙り込んでしまう。
全身が震えている。
『お前がそういうシュミって知らなかった……。』
『シュミって言えるほど軽いものじゃないよ、本気なんだ……。』
最後の言葉はほとんど消え入るような声だった。
困った。浩也はぐるぐると頭の中で言い訳を探す。
『彼女がいるから』ダメだ、いま『いない』って自分で言ったばかりじゃないか。
『君は好みじゃない』ダメだ、人間は顔じゃない、そんな言い訳、自分の信条に反する。
だいたい、今まで郡司をそういう目で見たことはなかった(というよりも、影が薄いので視界に入ってきたことすらなかった)が、こうやってみてみるとなかなか好みの顔である。
あれ?
『男はダメなんだ』と経験がないのに言って良いものか。
ダメかどうかなんて、試してみなきゃ分らないだろう。
困った、断る理由がない。浩也は袋小路にぶつかってしまった。
涙目で震えながら俯いている郡司を見ていると、なんとなく可哀想な気がして無碍に断る気になれず、ものは試しだとばかり『いいよ』と言ってしまったのである。
ついはずみで男とつき合うことになったとは言え、自分の言葉には責任を持たなくてはならない。
浩也はそれなりの覚悟を決め、図書館やインターネットで『男同士の性行為』について調べまくった。
もともと勉強は好きなのだ。
調べ見ると、男色についての文献は日本にも数多くあったし、筋骨逞しい外人男性が絡み合っている動画も、最初はビビったがすぐに見慣れた。
もっとも、郡司とつき合い始めてはみたものの、ただのクラスメートだったころよりも一緒にいる時間が多少増えた程度で、二人の間で何がどう変わることも、しばらくはなかった。
郡司はただ自分と友達になりたかっただけなのじゃないだろうか、と思うこともしばしばあった。
大人しい少年が、正反対のガキ大将タイプに憧れる、というのはよくありそうな話だ。
ある日、郡司の幼馴染みに『昔はよく家に遊びに行った』という話を聞かされ、ちょっとした好奇心から『お前の部屋、行ってもいい?』と尋ねたら、顔を赤らめて頷いた。
部屋は郡司らしく片付いていた。
黄泉平坂46のCDや写真集が揃っており、郡司もただの男じゃないか、とホッとするようながっかりするような気分になったりした。
『誰が好きなんだ?』
『推しメンはフジョこ。一番かわいいじゃん。でも、卒業しちゃうんだよね。浩也は?』
『別に。ヨモ坂はあんまり興味ねえや。』
『誰に興味あるの?』
『俺、禅蜜のファンなんだよね。ちょっと薄幸な雰囲気の年増のエロスみたいな。』
『あるよ、そういうのも。』
郡司はベッドの下からごそごそとグラビア雑誌を取り出す。
中には、未成年は購入できないようなエロ本もある。
『欲しかったらあげるよ。』
ここに至って、やはり郡司は、ちょっと変わった思考回路の持ち主ではあるものの、間違いなく普通の男だという確信が生まれた。
自分に対して抱いているのも、友情とか憧れとか、そういう類いのものなのだ、きっと。
アイドルとグラビアが好き、そうだ、下半身は普通の男じゃないか。
ちょっと鎌をかけたら、一見清楚で神秘的なベールがあっさりはがれるのかもしれない。
浩也は下世話な話題を持ちかけて郡司の正体を暴こうと試みることにした。
『お前、お勧めのズリネタは?』
『えっ』
『いつもやってるんだろ?』
ベッドの枕許に置かれたティッシュを顎でしゃくりながら、からかう。
『あ、えっ、あ…』
郡司は真っ赤になっておろおろと枕もとを見つめたり浩也の顏を見つめたり、すっかり挙動不信である。
『こういう所が隠し場所だったりして。』
枕の下に手を入れると、郡司が慌てて浩也に飛びかかる。
『だめだよ、やめて!』
泣きそうな顔で浩也の腕にしがみつく。
『隠し場所、安易すぎ。』浩也は思わず笑ってしまった。
手に触れたのは写真のようだ。
必死で奪い返そうと郡司が抱きついてくるので、二人はベッドにもつれ合うように倒れ込んだ。
浩也は少し妙な気分に襲われながら郡司をねじ伏せ、奪い取った写真を見て驚愕した。
『なんじゃあ、こりゃああ。』
思わず松田U作ばりの声を上げてしまう。
『ひどいよ……。』
それは、写真部が撮影した、スポーツ大会の写真だった。
クラス対抗リレーだったと思う、浩也がなかなか男前に写っていたのだが、いつの間にか廊下に掲示されていたのがなくなっていたのだ。
ゴミにでも捨てられたと思っていたのに、こいつが盗んだのか。
『郡司はフツーの男』という先ほどの確信が、がらがらと音を立てて崩れていく。
写真はかなり手垢に塗れた感じだった。
『……お前、本気だったのか。』
『最初からそう言ってたじゃないか。信じてくれてなかったんだ、ひどい。』
『俺の写真なんかで抜けるの?』
『……いつも、抜いてる……。』
顔を赤らめ、涙目になりながら睨み付けてくる。
布越しに密着した下半身に、郡司のものが固くなっているのを感じた。
『俺とこうやってると感じる?』
その表情が可愛く見えて、耳に息を吐きかけるように囁いた。
郡司は真っ赤な顔でおずおずと頷いた。
その仕種に、なぜか浩也自身も興奮してくる。
窓から射し込む西日を受けて、郡司の睫毛が頬に長い影を落としている。
ドキン、と浩也の胸が高鳴った。こんな気持ちは初めてだった。
小さな口にそっと自分の唇を寄せようとしたちょうどその時、コンコン、とノックの音が聞こえた。
二人は慌ててベッドから身を起こし、身体を離した。
はい、と返事をしながら郡司が慌てて部屋のドアを開けた。
『お邪魔しちゃったかしら♡』
郡司をケバくしたような若い女がケーキとコーヒーの入ったカップを乗せた盆を手に、部屋に入ってくる。
『はい、どうぞ。コーヒー、私が煎れたのよ♡』
『なんだよ、ちー姉、普段は番茶も煎れない癖に……。』
『こんにちは。たーくんがお友だち連れてくるなんて、小学校以来よね。この子地味で大人しいから……。』
郡司の姉は弟に無理矢理部屋から追い出されながらも、去り際に両腕で胸を挟んで寄せ、谷間をアピールしながら『ごゆっくりね♡』と言い残していった。
『ねーちゃん、顔そっくりだな。』
『……そう?』
『性格はちっとも似てなさそうだけど。』
『……うん。』
『……。』
『……。』
すっかり気をそがれ、黙々とケーキを食べながらコーヒーを啜る。
郡司は俯いて、フォークの先に耳掻き程度に乗せたケーキを口に運んでいた。
小さな口に、上品そうにちょっとずつケーキが消えてゆく。
浩也がぺろりと一つ平らげる頃になっても、郡司はまだ半分以上残していた。
尖った舌がのぞき、上唇についたクリームをゆっくりとなめる。
本人にその気はないのかもしれないが、やたらエロい妄想を掻き立てる表情だ。
『郡司、さっきの続き……』
浩也が未練がましく切り出すと、郡司が目を潤ませて睨んできた。
『無理だよ。姉貴が絶対隣で壁に貼り付いて聞き耳たててるって。』
『じゃあさ、写真取らせてくれよ。』
『え?』
『お前ばっかりずるい。俺もズリネタ欲しい。』
浩也はスマートフォンを取り出した。
アンニュイな表情を画像に収めると、郡司が少しだけ笑った。
「ごめんな、不安にさせて。だけど、俺、今はお前にメロメロなんだよ。お前が側にいるだけで、ほら。」
郡司の手を取り、自分の股間に引き寄せる。
「すごい、ビンビン。浩也のエッチ。」
「お前が相手だと、もう暴走して収まらないんだよ。ずっと御無沙汰だったしな。どれだけ今日という日を待ちわびたことか。」
浩也は郡司の膝を左右に割ると、顔を埋めて愛撫を施す。
「あ、浩也ってば、っ、はあ……」
ぴちゃぴちゃという卑猥な音と、郡司の喘ぎ声が部屋に響き渡る。
「イク時言って。写真に撮るから。思いっきりエロい姿撮らせてくれよ。」
舌で入り口を解し、唾液を纏わせた指が郡司の中を掻き乱す。
心当たりの場所を、指を軽く曲げて擦りあげると、郡司の腰がびくびくと跳ね上がり、白濁が胸まで飛び散った。
浩也は指を抜き取り、カメラのシャッターを切った。
目を潤ませ、口を半開きにし、白い肌を紅潮させた郡司は、その辺のグラビアアイドルを凌ぐ色っぽさだ。
指で弄られるだけでは物足りないそこが、ひくひくと蠢いている。
「すげーヤらしい。ヤらしくて可愛いよ、郡司。」
米粒のような乳首を汚している郡司の劣情を浩也は嘗め取った。
ますます身体に火のついた郡司が、その熱を堪えながら身を起こす。
「浩也ばっかり、ずるい。俺も浩也の写真、撮りたい。」
「お、おい!」
郡司は浩也のイチモツに手を伸ばした。
「やらしいのは浩也の方だよ、びしょびしょじゃん。」
先走りで濡れそぼち、てらてらと光る浩也の亀頭に郡司が唇を寄せる。
「イク時言って。ちゃんと撮らせて。」
敏感な部分に触れる郡司の唇の動きと吐く息の振動に、浩也は脳のヒューズが飛ぶような感覚に襲われた。
やはり禁欲してて正解だった。こんなことを毎晩されていては、やはり合格は無理だったかもしれない。
「ああ、郡司、気持ちイイよ、郡司……。」
郡司の唇に浩也の怒張が飲み込まれていく。
小さな口を出入りする度に、郡司の口から唾液が溢れだし、顎に伝い落ちる。
視覚的にもヤバすぎるエロさ。この顔も写真に撮りたい。
そんな浩也の気持ちを知ってか知らずか、デジカメは郡司の片手にしっかりと握りしめられている。
まあいい、夜は長いのだ。
うめき声を漏らしながら、浩也は最初の欲望を解放した。
長い冬は終わった、春は始まったばかり、発情の季節が幕を開けたのだ。
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