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◇一緒に出社*圭2

   あ、やば。と呟いて、高瀬はオレの腕を引いた。 「打ち合わせの時間なんだよ。行こ?」 「え、あ。 先輩たちは?」  時計を見て、焦って立ち上がる。 「もう先に行った。織田にも声かけてたけど、聞こえてなかった?」 「――――……」  ……全然、聞こえてなかった。 「織田が笑わせるから、一瞬忘れたじゃん。いそご。資料持って」  今日は、プログラムのクライアントとの打ち合わせ。  資料を抱えて、高瀬と一緒に会議室へと向かう。まだ勉強の為に参加しているようなもので、先輩達が話を進めるのを、一緒に参加して見せてもらう。だから、そんなに身が入ってなくても、クリアできなくはない。  でもそれにしたって、ちゃんと聞いてないと。 「すみません、遅くなりました」  言って部屋に入る。  渡先輩と太一先輩が資料を開いてて、まだクライアントは来ていなかった。 「まだ20分あるし、大丈夫。座って、少し今日の説明するから」  太一先輩の言葉に頷いて、隣に腰かけた。  仕事しろ、オレ。  ちゃんと、集中しろ。  頭の中に何度その言葉を浮かべたか知れない。  先輩達がしてくれる説明が済んで、ちょうど到着したクライアントとの打ち合わせが始まる。  斜め前に座った高瀬をなるべく見ないように。  ひたすら、資料とにらめっこで、打ち合わせを過ごした。 ◇ ◇ ◇ ◇  やっと。打ち合わせが終わった。  打ち合わせの間。  頭の中に、高瀬の事しかなくて。  昨日から今日にかけて言われた事とか、高瀬の色んな顔が、頭から離れなくて。斜め前に座った高瀬をつい眺めてしまって。  たまに、はっと気付いて、高瀬を見ないようにしようと資料に目を戻すけれど、また気付くと、高瀬を見つめて。  なんかもう……重症すぎて、自分ではどうにもできない。  ダメだ。そろそろクビになりそう。  予定外に長引いた打ち合わせがようやく終わって、太一先輩に先に戻っていいよと言われた。  高瀬を見ると渡先輩と話していたので、何だか疲れ切ったオレはいったん机に資料を置きに戻った後、なんだか落ち着かなくて、トイレに辿り着いた。 「――――……」  とりあえず用を済ませて、手を洗い、そのまま鏡を覗き込む。 『――――……お前の事が、可愛くて』  高瀬のセリフが、頭に甦る。  ……可愛い……?  うーん。 ……高瀬、よくわかんない、趣味だな?   なんて考えながらも、それを言った時の、高瀬の優しい笑みが頭に浮かんで。1人恥ずかしくなってきて、ぶんぶん、と首を振る。  その時。トイレのドアが開いて、高瀬が顔を覗かせた。 オレを見つけて、ふ、と笑う。 「居た。つか、先行くなよ」  言いながら入ってきた高瀬は、中に誰も居ない事を確かめると、ぶに、とオレの頬に触れた。 「……だって、高瀬、先輩と話してたし」 「待ってればいーだろ。 ……言いたい事、あったんだよ」 「言いたい事??」  聞き返した瞬間。不意に、キスされてしまった。  会社のトイレでキスされた事に、かなりびっくりして、高瀬を見上げると。高瀬はクス、と笑った。 「――――……あんまりオレの事、見ないでくれる?」 「え?」 「……オレの顔、見すぎ」 「……ッ……」  カッと赤くなったオレに、高瀬はクッと笑い出した。 「あんなに見られると、困る」 「……っ……??」  優しく緩んだ瞳が、まっすぐに見つめてくる。  頬をする、と撫でられて、ぴく、と肩が揺れた。 「……触りたくなるから」 「――――……!」  更に真っ赤になって、オレがもう完全に硬直していると。  腕をぐいと引かれて、キスされた。 「先週みたいに避けられるのは嫌だけど、見過ぎも違う意味で困るから――――……適度にな?」  ぽんぽん、と頭を叩かれて。  それから、もう一度、今度は頬にキスされた。 「はは。――――……真っ赤……」  クスクス笑われて。  恨めし気に、高瀬を見上げてしまう。 「っ……っ……からかって、楽しんでる?」 「ん?」  クス、と笑った高瀬は、オレの頭をナデナデと撫でて。 「すっげぇ、楽しいけど?」  覗き込まれて、鮮やかに笑われると。  ――――……どき、と心臓が音を立てる。  ああ、もう。  ――――……むり。 「――――……仕事終わったら、夕飯いこ?」 「……っからかうから、行かない」  素直に頷かずに、抵抗してみる。 「ふうん?  じゃ、他の奴と行こうかな」 「……ッ……行く」  短い時間の中で、ものすごい葛藤があったけれど。   結局は頷いたオレに、高瀬はおかしそうに笑った。

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