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◇旅行*圭 3

「織田、着いたよ」  車を駐車させた場所は、湖畔の駐車場。  停まっている車は20台位。結構いるんだなあなんて思いながら車を降りると、高瀬に腕を取られた。 「織田、こっち」  引かれて、ついていくと、遊覧船乗り場。 「乗るの?」 「ん、乗る。チケット買ってくから待ってて」 「……ん、ありがとう」  オレ今日何も払ってないぞ。  後でまとめて払わないと。  ……ていうか。なんだろ、高瀬って、こういうの、スムーズ。  ――――……運転もうまいし。  モテるポイントぜーんぶ押さえてる気がしてしまう。 「織田、次の便、もうすぐ出るっていうから、船行こ」  言われて、高瀬の隣に並んで、遊覧船の発着場まで急いで、乗り込んだ。 「遊覧船なんて乗るの、超久しぶり」  ウキウキする。  隣に居るの、高瀬だし。  楽しいなあ。  周りを見回すと、結構人が居る。  こんな夕方、周りが暗くなってきてる時間なのに、結構いるんだなー、なんて思っていたら。  エンジンがかかった音がして、船が震えたと思った瞬間。  ぱっと、船全体が明るくなった。 「……うわ……」  船を明るくするだけの光とは明らかに違う。色とりどりのライトが光っていて、びっくりして、高瀬を振り返ったら。  ふ、と高瀬が楽し気に笑う。 「イルミネーションだってさ」 「わ、まじで。 すっげーキレイ」  周りがだいぶ暗くなってるから、この船だけが浮かんでるみたいに光ってる。船が出発すると、湖面にライトが反射して、本当にキレイだった。 「たまにはいーだろ、こういうのも」 「……うん、すっごい、良い」  手すりに乗り出しながら、船を見上げる。  隣で笑ってる、超イイ男は、楽しそうで。 「なんか、高瀬とこんな風に居るのって」  夢みたいだ、なんて言いそうになってしまって。  ――――……またまた乙女じゃないんだから、と、口を閉じた。 「……居るのって、なに?」  高瀬がクスっと笑いながら、黙ったオレを覗いてくる。 「た……楽しいなあ、と思って……」  夢みたい、よりはマシだと思って、そう言った。  高瀬は、ぷ、と笑った。 「楽しいなあっていうのが言えなくて、詰まる?」 「……」  こくこく。これ以上ぼろが出ないように、ただ頷いて見せると。  ますます可笑しそうに笑った高瀬に、くしゃくしゃと頭を撫でられてしまった。 「織田、ほんと、可愛い。嘘つけなくて」 「……っ」 「……オレ、お前のそーいうとこが、ほんと好き」 「――――……」 「全部顔に出るとこ。可愛くてしょーがない」  すぐ近くで、まっすぐな瞳で、そんな風に言う高瀬に。  はー、と、手すりに突っ伏す。 「……オレ……そういうの慣れてないんだけど……」 「ん?」 「――――……そんなまっすぐ、好きとかさ……自分も言ってこなかったし、言われるのも……慣れてない」 「んー?……それはオレも、慣れてないけど」 「ん?」 「……オレも、慣れてないよ?」 「……んん?」  じー、と、高瀬を見つめると。高瀬は苦笑いを浮かべた。 「オレ、好きとか可愛いとか、お前にしか言ってないけど」 「――――……」 「こんなに言ってるの、人生で初だよ」 「……絶対うそ」 「……ほんとだけど」 「いやいや……だったらそんなめっちゃ言える訳ないし」  オレの言葉に、ふ、と笑って。  高瀬は湖面の光に視線を落とした。 「……でも、こんなに思うの、ほんとに初めてだから」  静かに告げられた言葉に、瞬間、胸がどき、と震える。  ドキドキドキ。 「……今まで、女の子に、好きって言った事ないの?」 「……んー?……聞かれて言った事はあるかな……」 「……オレに言うみたいに、言った事」 「無いよ」 「可愛いっていうのは?」 「無い」  言い切ってから、高瀬は、すぐ苦笑いを浮かべた。 「……それもひどいよな。……だからか分かんないけど、オレ、振られた事もあるよ。もう無理、って言われたりしたかなー……」 「――――……」 「お前、オレが振られないと思ってるだろ」 「うん」 「――――……織田の中のオレってさ、なんかちょっとおかしくなってない?」  クスクス笑いながら、そう言われるけれど、 「おかしくなってないと思うけど…… そのままだと思う……」 「絶対違くなってると思うけど」 「……それ言ったら、高瀬の中のオレだって、おかしいよ。オレ可愛くないし」 「……つか、可愛いけど」 「可愛くないよ」 「……可愛いって」  不意に頬に触れた指が、つ、となぞる。 「っ」  見つめられて、触れられて、カッと熱くなった。 「――――……可愛いし」  クスクス笑われて。 「……っ不意打ち、やめてってば…… 外だし……っ」 「今誰もいないし。皆2階に行ってる」  くーーーっ。  そうやって、周りも見ながら、こーやって、余裕な顔して、からかうって。  ほんと、高瀬って。 「……っ……タラシすぎ……」  ぼそ、と呟いたら、高瀬が一瞬ちょっとびっくりした顔をして。  それから、クッと笑いだして、口元を拳で抑えてる。 「……笑いすぎ……っ」  もう。脱出する。 「2階、行こ」  笑ってる高瀬を置いて、上に行く階段を先に上る。  すぐついてきてくれる高瀬を確認しつつ、船の甲板に出た。  見晴らしがよくて、イルミネーションが綺麗で。  隣に来てくれた高瀬を、見上げる。 「……高瀬」 「ん?」 「……ありがと、連れてきてくれて」 「―――……ん」  ふ、と瞳を優しくして、にっこり笑ってくれる。    あ。なんか。その、唇に。   …… キスしたいなー……  優しく笑みを作ってる唇が目に留まって、そんな風に思ってると。 「――――……織田」  高瀬が苦笑いとともに。  親指をぐい、と唇に押し付けてきた。 「……っ?」 「――――……キスのかわり。んな目で見んな」  囁かれて、真っ赤になった。と思う。 「……っっ」  ……っっなんでバレる?  一瞬、見ただけなのに。 ……やっぱりエスパーだ。  高瀬がぷっと笑い出して。 「……あとでな?」  なんて言うので。  ますますうろたえるしか、なかった。

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