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第1話 残業、ひとりぼっち
「今日も残業か……」
ぽつりと独り呟く声が、誰もいない師走のフロアを寒くする。
奈斗英二(なとえいじ)は、モニタに向かい、叩いていたキーをふと止めて呟いた。
「ぼっちだよ。悪いかよ。くじ引きで負けたんだ。しょうがないだろ。ま、これといって特別用もないし」
溜め息混じりにリターンキーを押すと、画面をプログラムが走る。これを終えたら戸締りをして帰ろう。でも、家に帰っても誰もいないし、炊事も掃除も面倒くさい。疲れているのに、誰もいない家で、風呂を沸かして飯を食って寝るなんて、クリスマスイヴに侘しいものだ。
かと言って、田舎から就職のために都会に出てきたばかりの奈斗は、親しい友人も、恋人と呼べる存在もいなかった。普段は仕事が普通に楽しいし、適当にやっていれば、そこそこ給料が入ってくる境遇に、別に不満もない。ただ、ひとり我に帰ると、時々、無性に不安になることがある。この漠たる空白を埋めてくれるものが存在するのなら、喜んで対価を差し出すだろう、と奈斗は考えた。
バグを潰し終わって、一段落すると、奈斗はパソコンの電源を落とした。
ロッカーで着替えていると、ピコン、とスーツのポケットに入ったままのスマートフォンが音を立てた。大方、先日登録した異業種交流会のクリスマスパーティの通知だろう。奈斗は、返信する気力もなくて、メッセージを未読のままでいることに若干の後ろめたさを感じ、画面を確認することにした。タップすると、メッセージが表示される。
「あれ?」
(──これ何だ?)
よく見ると差出人が「イヴデモ@トナカイの会」。アプリのダウンロードを促すメッセージがあった。
曰く『2020年のイヴデモに関する詳細情報はこちら。サンタクロースによるブラック労働への規制を要求するトナカイ諸氏によるデモ行進は今夜二十三時より開催する。参加者は速やかにアプリをダウンロードされたし。四世紀より連綿と続くサンタクロースの横暴を今夜こそ阻止せよ! 我らトナカイに安らかなる聖夜を!』とある。
「悪戯……?」
奈斗は、メッセージを削除しようと指を動かそうとした。
「サンタがいるなら課金するから、毎年ウチに来てくれないかな……」
そしたらそれなりにもてなすのに。
(ていうか聖夜に働かないトナカイとか、存在意義あんのか……?)
コートの前を開けたまま、奈斗はしばらく画面を見ていたが、不意に指が『ダウンロードはこちら』の文字の上を滑り、タップしてしまう。
「あ」
操作ミスだ。
完全に間違った。
「あああ……」
画面上でアプリがダウンロードされはじまる。
「あああああ……。何やってんだ俺……!」
(せっかくのクリスマスイヴに、面倒ごとを……馬鹿か俺は)
思ったものの、電源を切るわけにもいかず、新たに現れた「イヴデモ」というアイコンを見る。トナカイのツノがモチーフになっているらしく、なかなか可愛い。その可愛さに誤魔化されたとしたら、それは聖夜残業で疲れが溜まっていたせいだ。
奈斗は死んだ目をしたまま、半ば無意識のうちに、現れたアイコンをタップしていた。
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