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第2話 夢のニート
「おめでとうございまーす!」
声とともに、福引で鳴らされるようなハンドベルの音。
気がつくと、目の前に砂浜。
ザザン、と波の打ち付ける音とともに、熱風が頬を撫でる。
「イヴデモ本部へようこそ! 奈斗英二さん、ですね! こちらでユーザー登録をしていただきます! 何かご希望はございますか?」
「え?」
「え?」
「……」
「……」
いきなり絡んできた銀髪巻き毛の青年が(しかもめちゃくちゃ普通に日本語を喋る)、沈黙した奈斗を見て、「んんん?」と首を傾げた。
どうやら彼の予測したリアクションの中に、奈斗のそれは入っていなかったらしい。
見渡す限りの砂浜を、波が嬉しそうに走っていた。海だ。遠くに汽船が見える。サーファーらしき半裸の人々の波に浮いている姿。パラソルを立てかけ、日光浴をしている水着の人々もいる。みんな楽しそうだが、ひとつだけ現実とは違うところがあった。人々の頭に、トナカイのツノが生えている。
「あれ? ぼく何か間違ったかな?」
目の前の青年に視線を戻すと、冬でもないのに赤くなった鼻を擦っていた。熱帯の花を形どった赤と白のアロハシャツに、白い縁取りのある赤い海パン姿。そして、頭にはトナカイのツノ。
「もう一回やるか。おめでとうございまぁー……」
「わかった! いや、いいからやらなくて……!」
奈斗は周囲の視線を気にして、叫ぼうとする青年を遮った。夢だ。これは夢だ。さっきまで確か会社のロッカーで、コートを着込んでいたはずだったが、と思った。自分の服装を見ると、そのコートの下にスーツを着用している。
熱風が頬をかすめ、潮風とともに吹きつけてくる。
「ここは……どこだ?」
「イヴデモ本部ですけど」
「だから、それは、どこだ?」
「え……? だからここが……、あの、とりあえずユーザー登録をお願いします。こちらです。でないとぼくが怒られちゃうんで。やり方、わかりませんか? お教えしますよ。まずここに手を置いて、スキャンして、読み込みが完了したら、スクリーンが出ますからそこへ適宜ユーザー名を……」
銀髪でトナカイのツノを持つ青年は、奈斗を砂浜に生えている石碑の前へと連れていき、手続きをはじめた。
「あ、いや、俺は……」
「大丈夫ですよ」
拒否しようと一歩後ずさった奈斗に、トナカイ青年はにっこり笑いかける。
「ここはイヴデモ本部です。あなたはもう、働かなくていいんです。奈斗さん」
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