2 / 31

第2話 夢のニート

「おめでとうございまーす!」  声とともに、福引で鳴らされるようなハンドベルの音。  気がつくと、目の前に砂浜。  ザザン、と波の打ち付ける音とともに、熱風が頬を撫でる。 「イヴデモ本部へようこそ! 奈斗英二さん、ですね! こちらでユーザー登録をしていただきます! 何かご希望はございますか?」 「え?」 「え?」 「……」 「……」  いきなり絡んできた銀髪巻き毛の青年が(しかもめちゃくちゃ普通に日本語を喋る)、沈黙した奈斗を見て、「んんん?」と首を傾げた。  どうやら彼の予測したリアクションの中に、奈斗のそれは入っていなかったらしい。  見渡す限りの砂浜を、波が嬉しそうに走っていた。海だ。遠くに汽船が見える。サーファーらしき半裸の人々の波に浮いている姿。パラソルを立てかけ、日光浴をしている水着の人々もいる。みんな楽しそうだが、ひとつだけ現実とは違うところがあった。人々の頭に、トナカイのツノが生えている。 「あれ? ぼく何か間違ったかな?」  目の前の青年に視線を戻すと、冬でもないのに赤くなった鼻を擦っていた。熱帯の花を形どった赤と白のアロハシャツに、白い縁取りのある赤い海パン姿。そして、頭にはトナカイのツノ。 「もう一回やるか。おめでとうございまぁー……」 「わかった! いや、いいからやらなくて……!」  奈斗は周囲の視線を気にして、叫ぼうとする青年を遮った。夢だ。これは夢だ。さっきまで確か会社のロッカーで、コートを着込んでいたはずだったが、と思った。自分の服装を見ると、そのコートの下にスーツを着用している。  熱風が頬をかすめ、潮風とともに吹きつけてくる。 「ここは……どこだ?」 「イヴデモ本部ですけど」 「だから、それは、どこだ?」 「え……? だからここが……、あの、とりあえずユーザー登録をお願いします。こちらです。でないとぼくが怒られちゃうんで。やり方、わかりませんか? お教えしますよ。まずここに手を置いて、スキャンして、読み込みが完了したら、スクリーンが出ますからそこへ適宜ユーザー名を……」  銀髪でトナカイのツノを持つ青年は、奈斗を砂浜に生えている石碑の前へと連れていき、手続きをはじめた。 「あ、いや、俺は……」 「大丈夫ですよ」  拒否しようと一歩後ずさった奈斗に、トナカイ青年はにっこり笑いかける。 「ここはイヴデモ本部です。あなたはもう、働かなくていいんです。奈斗さん」

ともだちにシェアしよう!