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第一章 小屋に住む少年と狼 (一)

宵の時間、毎日決まった時間に少年は身を清める。清潔な着物に袖を通し、シワを伸ばしてシーツを敷き、戸の鍵を開ける。 とある村の外れの小さな家には毎日違う男が出入りする。それは今日も変わらない。 準備が終わり一息つくと、引き戸が木造の家を大きく鳴らした。 「やあ、来たよ」 少年が玄関に向かうと白髪の中年男性が穏やかに笑って、出迎えに来た少年の手を取る。 「……いらっしゃい、正雄さん」 男は少年の手を握ったまま迷うことなく布団の用意された部屋へ入るとそのまま少年を押し倒した。 少年は着物はすぐに剥ぎ取られ、整えたシーツは瞬く間に乱れていく。女のように愛される少年の喉から響く嬌声は森へ消えて誰に聞こえることも無い。 「今日も可愛いよ」 と囁かれながら、揺さぶられるリズムに合わせて声が漏れ出る。 体勢を変えながら何度も何度も激しく突かれ、少年の熱も一点に集まっていく。 「あッ、はぁ……あんっ!あぁ、んぅう、イきそ……あ!まって、だめイッちゃうイッちゃうイッッッ――」 熱の籠った屹立を熱い手で包まれ先端に刺激を加えると、たったそれだけで少年の熱は放出され、それと時を同じくして少年の後孔にも、少年が出したものと同じものが注がれた。 また来るから、と言い残して去った男性を見送り戸の鍵を閉めると、情事の跡が残るシーツを取り払い浴室に投げ込み、新しいシーツを引っ張り出して乱雑に敷いたと思うと、着物も直さず倒れ込み、太陽が登り始めた頃気絶したように眠る。 目が覚めるのは太陽が空全体を橙色に染める頃で、起きて最初に湯を浴びたら最低限の食事を口にする。 昨晩放ったシーツを洗い、脱いだ着物と共に庭の物干しに干す。 あとは何もすることがなくただただ時が過ぎるのを待っている。 そして宵になると今度は香油を混ぜた湯で身を清め、清潔な着物に袖を通し、シワを伸ばしてシーツを敷き、戸の鍵を開ける。 これがこの小屋に住む少年のルーティーンであり、もう三年目である。 この生活を変えることを少年は望んではおらず、自分の生い立ちを考えれば望んではいけないものなのだということを理解していた。 普通に生きれば無邪気に友達と遊び、学校で学んでいるであろう十五歳の少年は、何も望まず毎晩体を開き、灯りも無い暗く静かな小屋で一人、ただ生きながら死を待っていた。否、生きながら死んでいた。 変わらない日常に変化が起きたのは本当になんでもない夜で、いつものように少年が村の男に抱かれて布団に体を投げたときだった。 ――ドンッ! と、空気が震え、木々に隠れて羽を休めていた鳥たちが大きな羽音を立てて慌てて飛び立った。 重い体を起こすと先程まで静かだった森がざわついていることに気づく。とはいえ先程の音で異変を感じなければ気づくことはなかったが。 恐る恐る少年は戸を開けて辺りを見回した。人影はなく、いつもと変わらず真っ暗で方向すらわからない。 家に戻ろうとして顔を引っ込めたその時、再び大きな音で空気が震え、今度は木造の家までビリビリと音を立てた。 さっきより大きな音に思わずすくみあがってしまいその場にしゃがみこんだ。 「なんなんだ……」 恐らくこれは銃声だろう。 そおっと顔を覗かせると、森の方で一筋煙が上がっていて、よく見ると点々とオレンジの灯が揺らめいて移動しているではないか。 誰かが何かを探していること、またその対象を殺そうとしていることは明白だった。 しかし狩りをするには時間が遅すぎる。 決まった人間としか会わず、決まった時間を生きる少年にとっては非日常の始まりのような気がして、無意識のうちに外へ歩きだしていた。 森を進むと人の足音や話し声が聞こえてきた。木で身を隠すようにして先に進むと、ガサガサと草むらが揺れた。少年が身構えると、草むらから一匹の狼が現れた。 「お、狼?」 狼は少年の存在に気づかなかったのか、そのまま歩き続けている。この狼は先程の大きな音と関係があるのだろうか。 木々の隙間から差し込む月明かりが狼の体を照らし、銀色に輝きを放つ。 「きれい」 呟いた時だった。狼は体を大きくはずませ、一瞬で警戒態勢に入り少年を睨みつけて唸り声を上げた。 少年は初めて見る狼の姿に見惚れてしまい、その美しい姿から目を離すことができない。 しばらくすると狼の方も敵意がないことを感じ取ったのか、唸るのをやめ、くるりと尾を向け歩き出した。 歩いていく姿を見ていると少年は、狼が片足を引きずっていることに気づき、深く考えず勢いのまま呼び止めていた。 「待って!」 狼は言葉を理解したのかその場に立ち止まり、再び少年を振り返る。先程のような警戒した様子はなく、「なんだ?」とでも言いたげに少年を見つめている。 影になっていて見えなかったが、光に当たると引きずった左の後ろ足は赤い血が滴っていた。 「怪我を……してるのか」 手当を、と思ったものの、生憎少年は何も持たずに出てきてしまったために何もしてやれることがなかった。 悩んだ末来ていた着物の裾を落ちていた石で端に切込みを入れ、思い切り引きちぎった。 「動かないでね」 袖で流れている血を拭い、傷口があるであろう場所に、引きちぎった布を巻き付けた。 拭ったにもかかわらずじわじわと染みてきてしまう。 ――これでは足りない 幸いこの付近にはまださっきの灯りは来ていない。 「隠れて待ってて。すぐ戻るから」 少年は小屋に向かって駆け出した。 使えるものが無いか探し、風呂桶に水を張り、洗ってあるタオルを2枚持った。 水を零さないように森へ戻り、狼と別れた辺りまで戻ってきたが、狼の姿は見当たらない。 しかし叫んでしまってはきっと存在がバレてしまう。あの怪我ではさほど遠くまでは行けないはずだ。 ぐるぐると見回していると膝の高さ辺りに何やら木に切り跡が付いていた。 またそれは真っ直ぐ横に進んでおり、意図的に付けられたものだと分かった。 ――きっとあの狼だ 少年は迷わず跡を辿り、少し進んだところで目当ての銀色に輝く尻尾を見つけ、近寄った。 近くに来たところで「狼さん?」と声をかけると、また狼は体をビクッと弾ませた。 動物というのはもっと周りの生き物の気配を感じ取るものではないのか?と少年は疑問に思ったが、狼が逃げずにわざわざ印を付けて待ってくれていたことで高揚しており、深く考えることを辞めていた。 ある程度平らな場所に桶を置き、懐からタオルを取り出し桶の水に浸ける。 狼の足に巻き付けた布を取り去ると、流れなくなったもののまだ表面は水っぽかった。 浸けたタオルにしっかり水を含ませ、狼の足の傷の少し上で絞って流した。 狼は唸っているが、攻撃する素振りは見せていないため、単純に痛みに耐えているだけなのだろう。 もう一度水を絞って流すと、傷口付近で固まった血も流れ、ある程度綺麗になった。 周りを濡れタオルで拭ってやり、汚れや残った血の塊を取ってやる。 これほどまでに大人しく人間に治療される狼は珍しいのだが、何せ世間知らずのこの少年。 狼の方も次第に心を許したのか、じっと少年の手元を見つめていた。 持ってきたもう1枚の乾いたタオルで水気を取り、綺麗な面を足に当てて縛ってやった。 「もう大丈夫だよ。引き止めてごめんね」 そう言い残し少年は狼の頭を一撫ですると、小屋へ足を向けた。 狼はその場に置いてきた、というかその場で別れたはずだ。別れたはずだが、どういう訳だが狼は少年の後を着いてきてしまっていた。 少年は気付いていたが、なぜ着いてくるのか分からず、無視して小屋に戻り足の土を落として布団に寝そべった。 明日からはまたいつもの日常に戻ると考えると、たった一日特殊な日があっただけなのにどうも気が重くなって不思議で、少年は胸に手を当てた。 「速いな……」 普段は行為が終わるとどっと疲労が来てすぐ眠りにつくのだが、不思議と今日は体が動く。 それどころか心臓はこれまでに無いほど高鳴っており、眠ってしまうのが惜しいほどだ。 ――さっきの狼、もう帰っただろうか。 先程のついてきてしまった狼が気になり、そっと入口の戸を開けると、何と入口の横で登ってきた朝日を浴びながら丸くなり体を休めていたのだ。 すると狼は少年が戸を開けたことに気付き、ゆるりと少年を見上げた。 「……そこじゃ寒いだろう。中に入りなよ」 少年は狼を家に招き入れ、1人と狼は寄り添って眠った。 少年が抱かれる相手以外に戸の鍵を開けたのは初めてで、招き入れたのも初めてだった。 少年の日常は、この日を境に新しく塗り替えられるのだがこの時はまだ気付いていなかった。

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