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第二章 獣人の国と少年 (三)
男がドアを開けて夜宵を中に招き入れる。
ベッドルームまで連れて行くとベッドサイドまで手を引かれ、そのままベッドに仰向けに倒された。
男は息を荒げて夜宵に覆いかぶさった。
夜宵が男の後頭部に手を回すと男は嬉しそうに額に口づけを落とし、次々にシャツのボタンを外していった。
男は喜んでいる。そしてそれは男だけではなく夜宵も同じであった。
抱かれることについてではない。自分の知らない異国の地、自分ひとりで生きていく術など持っていないと思っていたが、男は夜宵を求め、夜宵は自分の持てる力でお金を手にし、生きていくことができる。
自分の小屋で過ごした三年分の経験を活かすことができる。これがこの上なく嬉しかったのだ。
全てのボタンを外して前を全開にしたところで男の動きがピタッと止まった。
「お前、男……?」
弥生が頷くと大きくため息を付き「なんだ……」と呟いた。どうやら男は顔の可愛さと体格、髪の長さから夜宵のことを女だと思いこんでいたようだ。
きっとこの男は夜宵を抱くことはできないだろう。夜宵の舞い上がった心はその男の表情により、まるで地面に叩きつけられようにさえ感じた。
「ごめんね。お金はいいよ。僕帰るね」
男の胸板を両手で押し返し、男に背を向けベッドから立ち上がる。
すると落胆していた男は、立ち去ろうとした夜宵の腕を掴み引き止めた。
「待ってくれ、悪かった。少し驚いただけなんだ。その、受け入れてくれくれたからてっきり女だと思いこんでたよ。もし君さえ良ければ抱かせてくれないか?」
夜宵は男に笑みを返し、男の首に手を回す。
頬に唇を押し当てると困惑した。
「その、誘ったのは俺だけどあんたは男に抱かれるのは大丈夫なのか?」
「うん。僕は気にしないよ」
「そうか。男は初めてだが、できるだけ優しくするな」
男は夜宵の服を脱がし胸の小さな果実に吸い付いた。
夜宵の口から甘い吐息が漏れる。
強く吸ったり舌で転がしたり緩急のある攻めに夜宵はこれまでにない快楽を体感していた。
「そんな、とこ、あんっ!もうい……い。慣らして早く入れなよ」
「それでもいいが、アンタは気持ち良くないだろう」
自分が気持ちよくなるだなんて発想は夜宵には無かった。抱かれることに対して何も思っていなかったわけじゃない。痛みが伴わなかったら、心の底から愛されることが伝わる優しい行為だったら、と望んだことはあれどそれが叶うことは無かった。
その気持ちとは裏腹に性欲処理の道具としての扱いに慣れてしまっていたためか、多少乱暴な行為でも身体は受け入れてしまうようになり、苦痛を伴いながらもその中に点在する快感を拾い集めて達するようになっていた。
だからこそ、たった一晩抱き合うこの男が夜宵の気持ちよさについてまで考えていることがまず驚きでならず、それだけでも心は幾分満たされた。
男の唇が夜宵の唇に触れようとしたその時、バンッ!と勢いよくドアの開く音がした。
男は動きを止め、ドアの向こうに来るであろう気配に身構えた。
程なくして部屋のドアも蹴り飛ばすように開かれ、何人もの武装した獣人たちが薄茶色の毛並みの獣人を取り囲んだ。
「おいおい何なんだ、いきなり真夜中に人んちに武装して入ってきやがって。こっちは取り込み中なんだが」
「黙れ。お前はこの御方がどなたかわかっているのか」
「待って。その人を開放して」
夜宵の一言で兵士たちは動きを止める。夜宵自身も驚いたが一番驚いていたのは薄茶色の毛並みの獣人だった。
「アンタ本当に何者?」
自嘲気味に言った彼に夜宵は答えずに笑顔で返した。
「夜宵!」
兵たちの後ろから飛び込んできたのは見覚えのある銀の毛並み。
「み……シルヴァン!」
そのまま勢いよく飛びつき夜宵を腕に閉じ込めた。
「心配した」
胸に顔を押し付ける形でギュッと抱きしめられてしまったがために息が出来ずシルヴァンの背中をバシバシ叩いて、離れたときには息が上がってしまっていた。
「シルヴァン、殿下……?ご本人?」
事の重大さに気付いたのかシルヴァンが男を振り返ると男は真っ青な顔で平伏した。
「貴様が手を出した彼は私の命の恩人であり、大事な客人だ。それに手を出そうなどと……。知らなかったこととはいえ罪は罪、それなりの罰を――」
「待ってシルヴァン!」
夜宵はシルヴァンの腕を掴み言葉を止めさせ、薄茶色の毛並みの獣人の横に並んで膝をついた。
「この人を罰するなら僕も罰するべきだよ。この行為は合意だったんだから」
獣人は目を見開いて夜宵の顔を見つめた。
みるみるうちにシルヴァンの表情が引きつっていく。
「合意、だと?なあ夜宵、なんでそんな事をした」
そんなこと、という一言が夜宵の胸にチクリと刺さる。
「……お金が、欲しくて」
「体を売るなんて、そんなことしなくても金ならいくらでもやるのに」
それは夜宵の心を折るのには十分すぎた。
シルヴァンにとってのそんなこととは夜宵にとっては自分の力で生きてきた間の全てであり、夜宵のこれまでを否定と同意に聞こえてしまったのだ。
怒りなのか悲しみなのかわからないがこみ上げた涙がこぼれないよう、夜宵は駆け出し部屋から走り去った。
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