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第二章 獣人の国と少年 (四)

人を避けながら夜宵は夜に沈んだ街を無我夢中で駆け抜けた。 ふと気付くと街を抜け、木々の生い茂る森。 ――森、か。ちょうどいい サク、サク、と枯れた落ち葉が心地のよい音を奏でる。 レンのように雪は積もっていないがこちらも冬である。 夢中で走って気が付かなかったが、勢いよく飛び出してしまったせいで靴を履いてくるのを忘れていた。 だんだん冷静になると、落ち葉や小石が踏み出す度に足の裏に刺さって痛みを与えた。 そちらに気を取られていたせいだろう。 足元に迫る大きな木の根に気付かず躓いて転んでしまった。 「いったた……」 転んだついでに振り返って確認すると、足の裏は細かくいくつも傷ができて出血もしていた。 また歩き出そうと立ち上がろうとするも、一度傷を見てしまっては痛みをより実感してしまい、すぐに膝が崩れ落ちてしまった。 何か支えにできる木の枝が無いか、と辺りを見回すと、バサッという羽音と共に、頭上を影が通り過ぎた。 見上げると躓いた大きな木の枝に陰があり、先程の影の持ち主だと思われる鳥はその陰の元へ降り立った。 「そこに誰かいるの?」 と夜宵がそちらに向かって叫ぶと、するりとそれは降り立った。 夜宵は声が出なかった。 現れたのは背中に羽の生えたヒトであり、腕を止まり木替わりにして梟がとまっていた。 「どうやってここに来た」 彼はこの森の中に存在する集落の住人で、来客予定もないにもかかわらず歪みを生じた結界を見に来たところ夜宵を見つけた、というのだ。 夜宵がまっすぐ歩いてきたことを伝えると、彼は顎に手を当て首を傾げた。 「関係者以外入れない結界が張ってあるんだが……どういうことだ?……ん?お前のその目――」 入ってきてはいけない場所に入ってきてしまった、と夜宵は立ち去ろうとするも、やはり足が立たない。 彼はそんな夜宵の顔をジロジロ見つめ、ため息を付いて口を開いた。 「申し遅れた。私はタルデ。我々の集落に張ってある結界の管理をしているものだ。君に悪意がないことは分かった。その足の手当だけさせてくれないか?」 するとタルデと名乗った彼は腰についていた小さなバッグから小さな蓋付きのケースを取り出した。 蓋を開けると緑色のペースト状のクリームが入っており、独特な匂いがした。 「少ししみるかもしれないが我慢してくれ」 「えっ……ゔっ!!!痛い痛い痛い!」 白くて細い指によってその薬は手際良く塗り込まれていく。 傷に薬が触れる瞬間そこが焼けるように熱くなり暴れ出しそうなのをどうにか堪えていたが塗り終わってもジンジンと痛み、捕まるところもないのが切なくてとうとう薬を塗り終えた彼に抱きついた。 はじめこそ慌てた彼だが、大丈夫、痛くなくなる、と声をかけながら夜宵の背をさすりながら離れようとはしなかった。 痛みが次第に落ち着き夜宵の手が離れるとそっと彼も手を引く。 「なんか昔もこんなこと……」 タルデは夜宵の背に触れていた手のひらを眺めて呟いた独り言は夜宵の耳にも届いていて、同じことを胸の中で呟いた。 「なんとなくお前は同族の匂いがする。それにその目、お前の目は特別だ。また会えるだろうさ」 夜宵の足を確認するとタルデは立ち上がって、夜宵が歩いて来た方向に指をさす。 「今結界の一部を解いて扉を開いた。まっすぐ進めば出られる。運が良ければ風が運んでくれる」 そう言い残しタルデは背中の翼を大きくはためかせて飛び立った。 見るとすっかり足の傷はなくなって痛みも引いている。 ――この薬なら…… 自分の腕を抱きしめ、頭に浮かびかけたその先をぐっと飲み込んだ。 タルデに教わった方向へ足を運ぶと風が背中を押し始め、木々がザワザワと同じ方向に揺れている。 「風が運んでくれるってこういうことか」 夜宵はその風邪に従い森を抜け、見えた街の明かりを頼りに森を離れた。 タルデはと言うと、飛び上がった後はじめのように木の上から様子を眺めていた。 「ふーん、随分と風に愛されてるね。これ、ほぼ確定かな。長に報告しなきゃ」 面白そうにクツクツ笑うと、森の奥へ飛び立った。 夜宵が街に近づくと、付近にはランプを持った兵士に発見されそのまま身柄確保、合図のための信号銃が真夜中の空に放たれた。
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