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第二章 獣人の国と少年 (五)

シルヴァンの家に連れ戻された夜宵は、シルヴァンの部屋で、椅子に座った彼の膝に乗せられ後ろから腰をしっかりと抱きしめられていた。 しかし夜宵としては先程の言葉が刺さってしまい、どうにも話し出す気になれずしばらく無言が続いたが、その沈黙を破ったのはシルヴァンのため息だった。 「言いたいことはたくさんあるが……君が逃げてしまったあとあの男から話を聞いたよ。その、合意だったてことも。まずなんでそうなったのか聞いてもいいか?」 顔を覗き込みながら困り顔で訪ねてきたシルヴァンに夜宵は心を揺さぶられてしまった。 夜宵は、シルヴァンが最近忙しくしておりなかなか時間が合わないこと、また自分がなにかできないか考えた結果の行動であったことを伝えたがシルヴァンはそれでも表情を柔らかくせず納得していない様子である。 「それでも……体を売るなんて、そんなことしなくたっていいじゃないか」 「だって、僕にはそれしかないんだ。僕はそうやって生きてきたんだよ。そんなことって言わないでよ」 言いながら夜宵の目には涙が浮かび、グスッと鼻を鳴らした。 ごめん、と言ったシルヴァンは夜宵の背中に額を押し付けボソッと呟いた。 「言い方が悪かった。ただまだあの時の傷が治ってないだろう。組み敷かれている姿を見て心臓が止まるかと思ったぞ。夜宵にはもう苦しんでほしくないんだ。まあ、あの時俺は守りきれてなかったから、今回は未遂で本当に良かった」 夜宵はベスティアに来る前の出来事を思い出し、顔から発火しそうだった。 「そっ、それよりみそら、なんで僕の場所わかったの?家から出るとき寝てたはずなのに」 「ああ、街の中には治安部隊が住民に紛れて警備してるんだ。今回は夜宵を街で見かけたと報告が入った。寝ていたが、流石にそんな報告を受けたら呑気に寝ていられるわけがないだろう。報告の後はそのまま尾行させて、早い段階でたどり着けたってわけだ」 夜宵は軽率な行動で忙しいシルヴァンの時間を、睡眠時間を奪ってしまったことに自身を恥じた。結局役に立つどころか迷惑しかかけていない。 「今日はもういい。眠いんだ。一緒に寝ようか」 膝の上で抱かれていた姿勢のままシルヴァンは立ち上がって夜宵をベッドに寝かせると、抱きしめる形で一緒に布団に潜り込んだ。 外は既に白んできている。 知らないうちに緊張していたのだろう。冷えた体が抱かれて密着した部分からじわじわと暖かくなっていくのを感じてその心地よさに目を閉じた。 夜宵はそのぬくもりを感じながら、もう絶対に彼に迷惑はかけないようにしよう、と誓った。 「お!!おはようヤヨイくん!昨夜はごめんなぁ」 夜宵がダイニングルームについたとき、あの獣人がそこにいた。 時を少し遡る。 日が傾いてきた頃夜宵が目を覚ますと、寝る前に温もりをくれていた彼はおらず同じ部屋の中の小さいテーブルに書類を並べてにらめっこをしていた。 おはよう、と声をかけるとシルヴァンは書類そっちのけで夜宵に駆け寄り、抱き上げると洗面所まで運ばれた。 夜宵が顔を洗っている間も彼は真後ろで眺めており、尻尾は上下左右にブンブン揺れている。 そんな彼を見ていられるのは悪い気はしないが、少しばかり恥ずかしい。 顔を洗い終わったのを見計らいタオルを差し出すと、再び抱き上げてダイニングルームに運んだ。 そこで夜宵は昨晩夜を共にしようとした獣人と再会することになったのである。 ひらひらと手を振りながらこちらに笑いかけている彼は昨夜の大人の欲を纏った印象とは違いだいぶ人懐っこい印象だった。 「あなたは昨日の……」 夜宵は慌てて両手を頭に乗せた。今日は獣耳のカチューシャを付けていない。 「ああ。そういえば名乗ってなかったよな。俺はジャレッド。アンタのことはその、殿下から聞いた。ヒト族だったんだな。そっちは全然気が付かなかったぜ。俺たち獣人は鼻が良いはずなんだが、そんだけ獣人に抱かれてりゃ匂いも移るよな!」 シルヴァンに抱き上げられている夜宵を見て、ハハッと笑った。 夜宵は恥ずかしくなり、下ろして貰えるよう頼むと食卓の椅子に降ろされた。 三人で食事を終えると応接室に移動し、シルヴァンは正面にジャレッド、隣に夜宵を座らせる。 「今日彼を呼んだのは別に怒っているからとかじゃない。彼に夜宵の髪を切ってもらいたいと思ってな」 首をひねった夜宵とは対称にジャレッドはうんうん頷いた。 「俺はこう見えて理容師なんだ。夜宵くん、アンタしばらく髪を切っていないだろう。シャンプーも合ってないみたいだし髪が傷んでる。詫びも兼ねて、俺に整えさせてくれないか?」 夜宵が隣に触るシルヴァンの顔を見上げると彼はコクンと頷いた。 「その、全然お詫びとかはいいです。僕も断らずに受け入れたし。だから、お詫びとかじゃなくてお願いできる?その、僕も髪を……整えてもらいたい」 ジャレッドはしばらくポカンとしていたが、少しすると応接室には笑い声が響いた。 「面白いヤツだなアンタは本当に。……機会があったら次は抱かせてくれよ?」 「お金か何か物をくれるならいいよ」 「おい夜宵!」 静止するシルヴァンの焦った顔がウケたのか、今度は夜宵の笑い声が響いた。 昨晩寝る前に言ったことを恐らく夜宵は理解しておらず、きっと傷さえ治ればいいとでも思っているであろうとシルヴァンは何となくそう感じ、先が思いやられるな。と胸の内で呟いた。

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