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第二章 獣人の国と少年 (十三-後)

案内された部屋はシンプルな装飾ではあるがどれも手入れが行き届いており、ドアノブでさえプラチナのような輝きを放っている。 しかしレオナルドの部屋だというこの部屋は、どこもかしこも生活感がない。王族とは自室でさえも常に新品のように綺麗にしていないといけないのかと感心していると部屋の中央にあるテーブルを通り過ぎ、奥にあるベッドサイドまで連れて行かれて促されるまま二人並んでベッドに腰を下ろす。 「失礼致します」 後ろからついてきていたレオナルドのメイドが、持ってきた真っ白なカップに丁寧にお茶を注ぐ。 お茶のいい香りが鼻孔をくすぐり、夜宵はメイドの手元に目が釘付けだった。 「そんなにお茶が好き?」 「え?」 お茶にどれほど熱のこもった視線を送っていたのか、指摘されて恥ずかしくなる。 「お茶は、レンにいた頃は滅多に飲むことができなかったからつい……」 レンではお茶は高級品であり特に夜宵が住んでいた村のような貧しい村の住人は手に入れることすら困難なため、夜宵が抱かれてきた男たちから差し入れられることなど一度もなかった。 かつて母親が生きていた頃、夜宵の父親に当たる人物が故郷から持ってきたというお茶を少しづつ母が淹れてくれていたがそれもあっという間になくなってしまい、お茶が飲みたいと泣き喚き母を困らせたものだ。 手渡されたカップから昇る湯気に当時の情景が映し出される気がして目頭が熱くなる。 「そうか。好きなだけ飲むといいよ」 優しく言われ、飲めそうな温度であるか窺いつつお茶を口に含むと、少し甘みのある豊かな香りが鼻を抜けて幸福感でいっぱいになる。 暖かなお茶を飲んだことで体の中から温まり、余分な力が抜けていく。 「おいしい」 「そうだろう。これは紅茶といって、ここより少し西に行ったところにある村で作られているお茶で私も気に入っているんだ」 カップに淹れられた紅茶はすぐに飲み干してしまい、メイドがすぐに二杯目を用意する。 「うん、顔色が戻ったね。さて、何があったか聞かせてもらっても?」 夜宵は小さく頷く。 「夕食の後、アリア様に呼ばれてお部屋で話をしたんだ。色々聞いてるうちに自分は本当にここにいてもいいのか、とか国王様と王妃様だって何も言わずに優しくしてくれるけど本当は僕のこと厄介に思ってるんじゃないかとか、そう考えてたら止まらなくて。みそら――シルヴァンに婚約者がいるのだって教えてくれても良かったのに」 「んー、隠し事をされて信じられなくなっちゃったんだね。でも、シルにも何か考えがあったんじゃないかな?でなきゃ君をわざわざ連れてこないと思うんだ」 夜宵は納得いかないようで口を尖らせる。 「隠し事をされていると裏切られた気になるよね」 「うん。全然部屋にも来てくれないし、もう僕のことなんてどうでもいいのかな」 夜宵の下瞼に大きな雫が溜まってゆらゆら光を反射させる。 レオナルドはそんな夜宵の肩を抱き寄せる。 夜宵は手の中で冷めてしまった紅茶を流し込み、体がすぅっと冷えていくのを感じた。

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