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第二章 獣人の国と少年 (二十-前)
「僕の腕には元々羽があったんだ。空は飛べなかったし何の役にも立ってなかった気がするけどね」
以前一緒に入浴したときにシルヴァンに見せた腕を、しっかりと見えるように持ち上げた。
「お母さんは確実にヒト族だったし、今じゃ僕も羽がないからほぼヒト族だけど、完全にヒト族ってわけじゃないんだ。小さいときに別れてそれきりだけど、僕のお父さんはきっと鳥の獣人なんだと思う」
痛々しいその腕にシルヴァンは恐る恐る触れてみる。
夜宵はビクッと肩を震わせたが、今回はその腕を引かずにシルヴァンに好きに触らせていた。
「自分はヒト族の母に育てられたヒト族なんだって思ってるけど、どう腕を見ても父親はヒトじゃない。もう顔も覚えてないけどね。本当はたまに自分が何なのか、わからなくなる。前に会った鳥の獣人は背中に羽が生えてて、大空を自由に飛んでたんだ。だけど僕の羽は背中じゃなくて腕に生えてた。ヒトでも、獣人でもない」
シルヴァンは夜宵の腕を触りながら静かに夜宵の話を聞いていた。
「これまで黙ってたのは……ヒトとも獣人とも言えない得体の知れない奴としてじゃなくて、僕を僕として見て欲しかったから。出来ることならこの奇妙な腕も隠しておきたかったんだけどね。番になるなら隠してはおけないでしょ?」
シルヴァンは夜宵の腕を撫で、二の腕の辺りにそっとキスを落とした。
夜宵が首を捻って後ろを振り返ると、シルヴァンの目は充血し、うるうると瞳が潤んでいる。
「俺は……何と言ったらいいか、分からない。とてもじゃないが、夜宵の苦痛に共感してやることが出来ない。だが夜宵、俺は、例え半端な獣人だとしても、ヒト族だとしても、そんなことはどうでもいい。夜宵の心が、夜宵自身が好きなんだ」
「何となく、みそらならそう言ってくれると思った。そう思えたから、話せたんだよ」
夜宵はそのままグイッと体を浮かせ、唇に触れるだけのキスをした。
「これまでの分も、しっかり愛すると誓うよ」
シルヴァンはニコッと笑うと、一筋だけ涙を流した。
お風呂を出てからどことなくシルヴァンの様子が違って見えた。
湯から上がってしばらく経つのに体は熱を保ったままであり、意識はまだしっかりしているがどことなく目が虚ろである。
「みそら、もしかしてそろそろ?」
「ん?ああ、そうかもな。確かに少し暑い」
夜宵はココがいつものように入ってきてしまわないよう部屋の前の騎士に伝え、部屋にこもった。
最低限の飲み物や置いておける食べ物は部屋の中に準備した。
食べ物を食べられる余裕があるのか疑問に思いシルヴァンに聞いてみたところ、発情期の期間は一週間続くが丸々一週間というわけではなく一週間の中でも波があり、落ち着いたときに栄養を補給するらしい。
「夜宵」
すでにベッドの上に腰掛けているシルヴァンが夜宵に手招きをした。
夜宵がシルヴァンの横に座ると夜宵を抱きしめ、そのままベッドに倒れ込む。
熱を持ったその体からはいつも以上に甘い香りが漂っている。
「前から思ってるけど、みそらいい匂いだよね。何の香りの香水使ってるの?今日多くつけた?」
夜宵が聞くとシルヴァンは夜宵を抱きしめた姿勢で夜宵の頭頂部に顎を乗せたまま答えた。
「香水はつけていない。それは俺のフェロモンだろう。前にもいい匂いだと言ってくれていたが、気づいていなかったのか?」
「フェロモン……そっか、そうなんだ。全然気づいてなかった」
「レンで助けてもらったあの時から夜宵はいい匂いだった。その時から既に夜宵は俺の番だと本能的に感じていたんだ」
――ああ、それで。
シルヴァンは夜宵が手当しようとしているにも関わらず逃げなかったし、手当した後も夜宵についてきた。
他の動物と触れ合う機会がなかったものの、手当後懐かれたにしてもついてきてしまった理由については少なからず疑問に思っていた。
「そういえばあの時、なんでかわからないけど森に引っ張られるような感じがしたんだよね。そうしたらみそらに会えた。なんかこれって、さ……」
「運命的、だよな」
「運命的、だよね」
二人で抱き合いながら笑っていると、だんだん夜宵の体も熱っぽくなってきているように感じる。
ふっと目があって口づける。
「なあ夜宵、俺は多分止めてやれない。嫌だったら本気で俺を殴るなり蹴るなりして止めてくれ」
「ん、だいじょうぶ。みそらのものにして」
ゆっくり、お互いに目を閉じて唇を合わせる。
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