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ー prologue. ー

ーー季節は晩秋から冬へ。日々の気温も下がり、静かに、そしてゆっくりと忍び寄る師走の足音が近づきはじめる頃ーー。  俺はリビングでパソコンを開き、弟の昭が代表を務めているNPO法人『星合わせのホビット』による、先月分の活動報告書を作成していた。  昭を中心として、地元の有志達と共にNPO法人『星合わせのホビット』が立ち上げられたのは、今から3年ほど前。  かつてキャンプ場が経営されていたというその土地を借り上げて、その雄大な自然に触れあえる機会の少ない昨今の子供たちの為の体験施設を作り、誰にも邪魔されることのない広大な土地の中で勉強をしたり、伸び伸びと遊び回ったり…。  もちろんそれだけでは無くて、以前のように家族でキャンプやBBQなんかも楽しめるような複合的な娯楽施設も完備して、大人も子供も関係なく、誰もが楽しめる場所を提供している。  とは言え、そんなNPO法人が何故、広大な土地を借り上げられたのかーー。  ーーその答えが、これだ。 「ただいま帰りました。…結真君、どこですか…?」 「あ、芝崎さん。お帰りなさい。…外、寒かったでしょ?…今コーヒー淹れますね」 「ありがとうございます。…あ、『ホビット』の活動報告書ですか?」 「ええ。今回は『流星群鑑賞会』の記事をメインにしようかと思って」 「ああ、なるほど。今年は大盛況だったんですよね?」 「うん。コロナ禍も落ち着いて行動制限も無くなったし、しかも天気にも恵まれたから本当に綺麗でしたよ」 「そうですか。僕も仕事さえなければ行きたかったんですけどね…。あの土地は、僕のルーツでもある場所ですし」 「それは昭もNPOのメンバー達もみんな分かってると思いますよ。あの場所を提供してくれたのは、他ならぬ貴方なんですから」 「でも結真君。『ホビット』の活動も大変だとは思うけれども、本職の方も忘れないでくださいね?…最近はサロンの予約も大分増えてきて、僕一人でも対応しきれなくなってきてるんですよ…。みわ子さんも亜咲君もこのところ提携先との仕事が立て込んでるらしくて、なかなか都合がつかないんですよ。…なので、出来れば君の手が欲しいんですが」 「分かりました。…じゃ、昭には俺から言っときますね。…はい、コーヒー」 「ありがとうございます」  そう言って俺は、芝崎にカップを渡した。 自分でも空いたカップにコーヒーを入れ直して、再びパソコンの前に座って記事の続きを打ち込んでいった。 「それにしても凄いっすよね、あいつら。いつの間にか有名モデルの立ち位置まで昇りつめてるし。亜咲なんて『スタイリストとモデルの二刀流!!』とか流行りのゴシップみたいなの付けられて、メディアがバンバン張り付いてるもんなー。……こんなのとか見てたらもう完全に別人だし」  そう言いながら俺は有名ブランドのファッション通販サイトのトップページを開く。 適当に開いて表示させたサイトのトップ画面には、『魔性のジェンダーレスモデル・藤原亜咲が美しく着こなす今冬の最新トレンドファッション』という謳い文句と共に、そのブランドが最も推したいであろう商品を『モデルとしての』亜咲が紹介している動画なども公開されている。   「そうですね。…とは言え、この数年の現状から考え得るに、副業も生活の一部となりつつありますしね。僕のように単職だけでどうにか出来る、って訳でも無いでしょうし。…それが良かったのかどうかは分かりませんけど、藤原宗家の方からも亜咲君をこちらでもうしばらく預かっていて欲しい、っていう連絡が来てましたよ」 「あ、そうか。亜咲んちって旧家なんだっけ。…流石にあれはなー…。一時期はどうなるかと思ったけど…。」 「ええ。彼の傍に航太が居てくれたおかげで何とか丸く収まりましたからね…。」 「そうだよなー…って、あれ?赦したの、あの二人のこと?」 「…『赦した』、と言うよりは……諦めた、と言った方のが正しいかも知れませんね。……彼らにとっても同じなんですよ。僕たち二人の関係がそうであるように」 「ま、そうだよね。…でも、みわ子さんにはちょっと申し訳ない感じがするなぁ…。あの人の事だから笑い話で片づけてるのかも知れないけど、自分の身内が全く子孫を残せない関係に陥ってる…って、どんな気持ちなんでしょうね?」 「さあ、どうなんでしょう。…でも元を正せば、僕とみわ子さんとの始まりの関係も紆余曲折ありましたからねぇ…。」 「ああ、それ聞いた。…何か略奪愛みたいな感じだったんだよな?」 「……略奪、とは……。あまり聞き馴染みの良い言葉では無いですね?」 「だってあれだろ?…元々はみわ子さんと殿崎さんが付き合ってて、護は友人の一人だったんだろ?…で、酒の勢いで行きずりに抱き合ったら航太が……」 「……それ以上言ったら怒りますよ」 「……あー、もー!ごめんって。でもそれ言ってたのってみわ子さんの方だぜ?俺はただ聞いてただけ……。」 「……でしょうね。あの人らしいと言えばあの人らしい言い方ですけど……。でも、いい機会ですよね。……じゃあ今日はこのまま、みわ子さんと僕との馴れ初めから、そして彼…『殿崎匠』という男との出会いと、その彼と僕とのこれまでの軌跡を、結真君にお話ししてあげますよ」 「え、ホント?…俺、殿崎さんとは一度一緒に飲みに行ったくらいしか接点が無かったんだけど、ずっと気になってたんだよね、実は。……楽しみ」 「そうなんですか?」 「うん。……その時も、何か話しやすくて良い人だったって言うイメージしか無かったからさ。…護から聞いてた話とはちょっと違う気がしてたんだ」 「まあ、そういう陽の部分もあるんでしょうけど……僕にとっての彼の存在は、それだけではありませんでしたから……彼の持つ陰の部分も含めて、全てお話ししてあげますよ。」    ーーそう言った後、芝崎は一冊の本を自分の手元に置いた。 それはどうやら、古い日記のようなものらしい。その表紙はいかにも、という年代を感じられるような装丁のもので、ハードカバーの上製本らしきものだった。  ーーその本の表紙を開き、中に書き込まれた内容を確認しながら、芝崎はゆっくりと話し始めたのだった。  

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