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ー since. 90's. ー
ーーそれはまだ、僕たち3人が専門学校で資格を取得する為の研鑽を学んでいた頃のこと。
当時、美容過程の認定学科をメインにしていた僕は、同じ学校内の理容過程に所属している『殿崎匠』という青年に出会い、そこからいくつかの不思議な縁が繋がって、彼との間に親友と呼べるまでの関係が出来上がっていた。
それから数年の時を越え、専門学校での必須課程の取得も終わり、もう間もなく卒業を迎えようとしていたある日のこと。
殿崎に声を掛けられて、主に理容過程の認定学科で学んでいる女子達が集まっているという心理学研究のサークルに誘われ、参加する事になったーー。
「ねえ、みわ子。聞いた?…今度うちのサークルに、美容過程からの新しいメンバーが来るんですって!!…しかもそれがかなりの超絶美形らしいのよー。ちょっと見に行かない?」
「またそんな事言って~。大体、理容過程の女子メンバーしか居ないようなサークルに来る物好きなんて早々居る訳無いでしょうが」
「いや、じゃあアイツはどうなのよ!?殿崎だって男じゃん」
「アイツは別。あれはただのにぎやかしだから」
「ほう、ただのにぎやかしとは。……随分とぞんざいな扱い方をしてくれるじゃねぇですかい?…仮にもこのサークルの副代表である俺に」
「…何だ居たの。それならそうと言ってよ」
「ほら、連れてきたぞ。お前らがお望みの超絶美形さんだぜ?」
「…殿崎君、これはどういうこと?…此処って心理学研究のサークル、なんだよね…?」
「ああ、そうだよ。……体裁上、はな?…そうしないとサークル活動費も下りないしな」
「体裁上…?…って事は、本当は違うの?」
「いや、基本は間違ってねぇんだ。…ただ、メンバーがこんな感じだろ?だから『男』相手の心理学研究サークル。ま、要するに好みの男を手玉に取る為の研究ってところか」
「え……。…それは……どうなんだろう……。」
「ちょっと匠くん。彼、大丈夫なの…?」
「そう思うんならもうちょっとまともな活動をしろよ、男のケツばっか追っかけてねぇでさ」
「男のケツって…失礼ねぇー。あたし、そんな事してないわよ??……あ、えーと…。」
「乾さん…ですよね。初めまして。僕は芝崎護、と言います」
「あー、芝崎さんね。匠くんから話は聞いてます。私、このサークルの代表を務めさせてもらっている乾みわ子、と申します」
みわ子さん…現在のビジネスパートナーである彼女と僕との初めての出会いは、このサークルがきっかけだった。
実はこの時、彼女と殿崎の間には既に男女の関係が成立していたそうだが、そんな事すら知らなかった僕は、この二人のやけに軽妙なやり取りがとても不思議で仕方なかった。
単純に考えれば、同じ学科で教室を共にしている者同士なのだから当然と言えば当然ではあるのだけれど、それにしても二人で交わしている会話にはお互いに対する遠慮が無さ過ぎて、まるで夫婦喧嘩を見ているような感覚になっていたのだ。
「…あの二人って、いつもあんな感じなんですか?」
「ああ、みわ子と匠くん?…そうよ。どっちも気が強いからお互いに引かないの。…ま、夫婦喧嘩は犬も食わないって言うけど、ホントよねぇ…。」
「……『イヌ』イだけに…って…あっはっはっは…!!…確かに、そうですよねぇー…。」
「えっ?ちょ、何よ、急に……!!」
「あー…護の奴め…。変なツボにハマったなありゃ…。」
と言う訳で、案の定殿崎の言う『変なツボ』とやらにハマってしまった僕が急に大爆笑を始めてしまったので、その場はこれで収まったらしい。
「…おい、護。…いい加減にしろ」
「あっはっは……ごめんごめん。こんな楽しいサークルなら、僕も何とかやっていける気がするよ。皆さんもよろしくお願いしますね」
「さあ!それじゃ、早速芝崎さんの歓迎会と行きましょうか!!…ところで、芝崎さんはお酒っていける方?」
「…え?…まあ、飲めない事は無いですけど…。」
「おい、みわ子。言っとくけどこいつザルだそ?」
「あら、そうなの?じゃあちょうど良かったわ。これ、さっき手に入ったばかりのやつ。今年の新酒ですって」
「はあ!?またお前はそんなモノを…。大体、サークルとは言え学内に酒の持ち込みとか、講師に見つかったらただじゃ済まねぇぞ??」
「だからすぐに空けちゃえは良いじゃない?…証拠は隠滅してこそ…?」
「そういう問題じゃねぇ!!…お前の実年齢でならまだしも、メンバーの中には未成年者も居るって事を忘れんなよ??」
「あの、乾さんってもしかして…?」
「あたし?…そうね。匠くんよりは年上だから…30代手前くらい、って所かしら?」
「ええ!!??」
「あー、やっぱり。みんなそういう反応するのよね。まあ確かに、周りの同年代の女の子たちに比べたら…っていう自覚はあるんだけどね」
「いや、それにしても…。…僕も存外そう言われがちではありますけど…。そういう人って本当に居るんですねぇ…」
「あら、そうなの?あたしたち、何だか気が合いそうな感じがするわね?」
「おい、お前ら…!!」
「あーはいはい、分かったわよ。…全く、ほんの冗談のつもりだったのに」
「お前の冗談はたまに笑えねぇんだよ。…もういい加減にしとけ」
ーーそんな訳で、当時のみわ子さんにとっても僕との出会いの瞬間はなかなかに衝撃的だったようだ。…そして、ここからの数十年の長きにわたり僕達3人を引き寄せた糸は、今日まで腐れ縁のように繋がっていったのである。
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