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文潟の歴史

 だんだん音楽が聞こえてきたし、ビュンビュンと本が往き来しているのが見えて、もうすぐ着くとわかった僕は深呼吸をする。 「おはよう、夕馬くん。調子はどうだい?」 ふわふわと浮いている大きい雲にくっつくと、長い髪が黄金色に輝き、ようちゃんくらい整った顔の男性が口角を上げていた。 「ぼちぼちかな」 そう答えた方がいいと真昼から教わったまま、僕ははにかんで言う。 「そっか、じゃあ絶好調だね」 もっとこっちにおいでと手招きするのが万生くん……僕の先生なんだ。 「あの、これ……お返しします」 昨日借りていた純文学の小説を返すと、万生くんは歓声を上げた。 「1週間掛けていいのに……相変わらず吸収が早いね」 僕はゆっくりだと思っているんだけど、いつも万生くんはそう言ってくれる。 でも、ようちゃんをはじめとする朝日家のみんなが僕に色々教えてくれるから、すいすい覚えたんだ。 「溢れ出る好奇心はボク以上だ、負けられないよ」 万生くんは誇らしげに言って、同じ髪色の僕の頭を撫でてくれた。 「でも、詰めすぎは良くないから、ちょっと今日は息抜きをしようか」 「勉強しないの?」 「そうじゃないよ、道徳をするんだ」 心を学ぶんだと言うから、僕は首を傾げる。 「この街……文潟を作った夫婦の話をしてあげるよ」 僕はずっと不思議に思っていたんだ。 誰が支配してるのか見たこともないし、それが気にならないくらい住民が自由でのんびりしているから。 「お願いします……教えてください」 僕がお辞儀をすると、万生くんは優しく微笑んでから話し始めたんだ。  「ここの先住民だったオーラヴはオーロラを両親と観るのが大好きで将来は天文学者になって世界中の空を観測するのが夢だった」 天文学者……? 「しかし、吸血鬼だった両親はハンターに殺され、オーラヴは日本へと売られてしまった。日本国籍をとった彼は朝日百樹へと変わったんだ」 僕はその名を聞いて、ヒュッと変な風に息を吸ってしまった。 トトが関わっているなんて思いもしなかったんだ。 「白い肌に整った顔の彼は女装バーで働き、生活費を稼いでいたんだけど、それに負けないくらいかわいくて本当に女性かと見間違うくらいの人と出会った……それが千佳だったんだ」 カカは男性だったことにも驚いた。 アルファとオメガであれば異性でも同性でもかまわないとは教わったからわかってはいるんだけど。 「百樹と千佳は惹かれるまま付き合い、結婚することを決めたんだけど……千佳の家が許さなかったんだ」 なぜならと一息置く万生くんは僕をじっと見るから、僕は息を飲む。

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