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わからない言葉

 「君が御前家から出てきたから悪い」 カレはぼくをキラキラした目で見ながらやさしい声で言う。 「君が御前って名乗ったから悪い……だから、そんな汚れた血は俺が全部吸ってあげるから」 ふふふと笑うカレ。 「それなら、しょうがないですね」 「うん、しょうがないの」 カレは口のはしを大きく上げた。 「あなたはぼくを"視て"くれた。だから、どうにでもしてくださいね」 ぼくはしょうじきに言って、カレが最初にした顔のかたちをしてみたんだ。 ぼくの顔を見て、声をかけてくれた。 ぼくの悪いところをおこってくれた。 そして、ぼくの人生をおわらせてくれる。 カレを好きになるリユウはそれだけでいいんだ。 「もちろん、そのつもりさ」 カレはまたフッと笑って、またチュプチュプとすいはじめた。  ずっとからだがビリビリしつづけているなかでなぜかカレの声が頭に伝わってくる。 "血は15分で吸い尽くせるよ……大丈夫、少しも怖くないさ" "君の全ては僕の血肉になるから。もちろん、心ももらう" "骨の髄までしゃぶり尽くして御前に送りつけるから" "でも、君のことを寝かせるつもりは一切ないよ。どんな時も君を思い出すから" "諦めなよ……朝日家に捕まったのが運のツキさ" 脅されているはずなのにふわふわがふえてきて、ついにバンってはじけた。 びっくりしたぼくははじめてさけんじゃった。 「ンアッ、あ、あっ……ご、ごめんなさい」 ブルブルしたままの身体はこわさでますますふるえる。 「イッちゃった?」 やさしく言うカレは耳をペロリとするから、また変な声がでる。 「なに、それ……?」 とまどうぼくにカレはまたふふふと笑う。 「知らないんだね、かわいい」 かおのはじっこにカレはチュッとしたから、よりわからなくなったんだ。 こんないたぶられ方はされたことがないから。 ずっとくすぐったいんだ。   「ねぇ……君って、いくつ?」 「18才です」 「俺と一緒か……もしかしたら俺の片割れかもしれないね」 ほそく開けた目から見えるカレは変わらずニッコリしていた。 「もしかして、初めてだった?」 あまく小さい声で言ったカレは右の人差し指で血をくるくるして取り、ながいベロでぺろりと一口でなめる。 ぼくは寒くないのに、からだが大きくブルブルってなった。 「あらら、君の初めて……奪っちゃった♪」 カレは顔を左にたおしてグーにした右手を右のこめかみに一回当てた。 それがとてもかわいかったんだ。  「俺、怖い?」 「こわく……ないよ」 「赤い目、どう思う?」 「きれい」 「俺に殺されてもいい?」 「いいよ」 「首を絞められても?」 「うん」 「血を吸い尽くされても?」 「うん」 「あのさ、肯定すればいいってもんちゃうからね」 だっていいから。 あなたなら。 「じゃあ、俺と楽園に行ってくれる?」 「らく……えん?」 「そこで思いっきり愛してあげるから」 「あい……し?」 カレはわからない言葉ばかり言う。 「でも俺、短気だから……その前にやっぱり殺しちゃうかもよ?」 カレはやさしい声で言ってからぼくをつよくだきしめる。 ああ、圧死する。 「あなた、だから……いいですよ。ぼくにとって、あなたは、てんし、です」 くるしくて声ががさがさしてきた。 「ほんとにもう……俺を殺す気? 君の方が天使でしょうよ」 カレはふふふと笑う。 「大丈夫、すぐに気に入ると思うよ」 カレがほそくした目がアカく光ったのをさいごに、ぼくのイシキはなくなってしまったんだ。    

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