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冬の朝

広瀬が自分から東城の寝室に来て今までにないような痴態を見せた後、かなり早い時間に東城は目を覚ましたのだった。 リビングで人が動く音がしたのだ。宮田が起きたのだろうか、と東城は半分目をとじて思った。しばらくすると、人の気配が消えた。 横を見ると広瀬はぐっすりと眠っていた。穏やかな顔をしている。東城が姿勢を変えると、少しだけ口が動いた。 東城は、彼を起こさないようにおきあがり、寝室を出た。リビングを見回し、玄関に行くと、宮田の靴はなかった。時計をみると5時を少しまわったところだ。始発電車で帰るつもりだろう。 再びリビングにもどると、メモが置いてあった。 「先に帰ります。昨日はありがとうございました。ごゆっくり」と書かれていた。 東城は苦笑をし、メモを細かく破いてゴミ箱に捨てた。 広瀬が見たら困惑するだろう。 こうやって「ごゆっくり」なんて一言多いことをするから、あいつはもてないんだ、と心の中で思った。宮田はうるさそうなので、今度、釘をさしておかなければならない。 東城は、自分の手をみた。うっすらと噛み跡がついている。 昨夜広瀬は想像以上に乱れていた。自分で腰をまわし東城の上でひたすら快感を追っていた。宮田がいるのだから声はださないと言っていたのに、途中からそんなことも忘れていたようだった。 いつも以上にあえいでいた。 もしも、宮田に聞かれたらかわいそうだと思い、口をふさごうと手をのばしたら、指に噛み付いてきたのだ。強く噛んで、さらに、自分の口に東城の指を含み吸ってきた。口の中を指でかき回してやると、それだけで身体をとけさせていた。 広瀬は、自分を求めてやまなかった。愛しいという思いをかきたてられた。 身支度をしコーヒーマシンのスイッチを入れていると、寝室で人が動く気配がした。 広瀬が起きたのだろう。 東城は寝室のドアをあけた。 広瀬が昨夜東城が貸してやったスェットを着てぼうっと立っている。彼は宮田のことが気になっているようだ。宮田はいないと告げると驚いていた。 昨夜の積極さが嘘のように今のそぶりはそっけない。 昨日はどうかしててとかなんとかブツブツ言っている。 あんなふうに我を忘れて盛り上がる状態は、広瀬には理解できないのだろう。今まであんな思いをしたこともなかったのだろう。 広瀬の寝癖の残る髪をなでてやると彼は嫌そうに手をはらってきた。そして、今度こそ東城の脇を通り、浴室に入ってしまった。 スーツに着替えた広瀬は、コーヒーも飲まず何も食べず、東城のマンションをでていった。ずっと無言のままだった。 出掛けに東城が彼を抱きしめてキスをしたらそれは嫌がらなかった。透明な目は東城を映していた。東城は彼の唇を指でなでた。好きだと告げたら、広瀬はうなずいていた。 マンションのドアが閉まったあとも、東城は広瀬を思い浮かべた。 今朝の広瀬は色めいて今まで以上に美しかった。昨夜の情交の余韻が彼を華やかに彩っていた。広瀬の匂いたつばかりの美しさを見たとき、東城は深く満たされた気分になった。 広瀬自身は、自分が輝いていることを知らないだろう。それどころか、自分がそんな変化をしていると知ったら恥ずかしがって顔をふせ、閉じこもってしまうだろう。そして、おそらく、あの輝きはわずかな時間で消え去り、すぐにいつもの無表情なすました顔の広瀬になってしまうのだ。 もし、広瀬と自分がお互いのことをもっとよく知って広瀬が自分の感情にとまどわなくなったら。広瀬はさらに美しく輝くだろうか。 東城は時計をみた。外で朝ごはんを食べて大井戸署に行くにはちょうどいい時間だった。 家の外に出ると、澄んだ冬空が広がっていた。思っていたより温かく、東城はコートのボタンをはずして歩き始めた。

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