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交通事故3*
聞きなれない目覚まし時計の大きな音に広瀬は飛び起きた。
知らないベッドで知らない部屋だ。だが、すぐに、そこが東城の寝室だと気づく。広瀬は目覚まし時計を止めた。ベッドには自分だけで彼の姿はない。
広瀬は比喩ではなく頭を抱えた。なんてことだろう。どうして自分は夕べあんなに盛り上がってしまったんだろうか。それほど飲んでもいなかったのに。魔が差しました、というのはこのことだ。
さらに、こうして目が覚めて、何のもやもやもないすがすがしい感覚が恥ずかしい。
昨夜は、東城の上に乗り上げて、自分の性器を彼の性器にこすりつけていた。自分の先走りで彼の性器を濡らし、こすりあうときに音がした。その音にあおられて、広瀬はさらに性器をこすりつけた。彼の太いものが自分の棹や先端に当たるとかなり気持ちがいい。自慰のようなことをして快感を追ってしまった。いつもなら、恥ずかしくて気づいたらすぐにやめるだろうが、昨夜はそんなことも思いつかなかった。ただ、気持ちよさだけを身体が追っていた。
この時点で広瀬は肩で息をついていた。自分の「はっ、はっ、」という息とともに「ん、」と声がもれてしまう。そのたびに、宮田がいることを思い出し、口を閉じた。だが、宮田のことを意識できたのもそこまでだった。
彼のものが強く立ち上がると、自分の中に埋め込むために、彼にまたがり後孔をあてて、腰を落とそうとした。
以前、東城に同じようにされたときは怖くてできなかった体位だった。だけど、昨日は早く欲しくてたまらなくなったのだ。
途中まで広瀬の好きにさせていた東城だったが、彼が強引に中にいれようとしたのはとめた。待てと優しく言われて、腰を片手で固定された。「そんな乱暴なことしたらだめだ」そして、自分のベッドサイドの引き出しを開けて、がたがたとかき回し、ジェルを取り出した。
指を一本差し入れられる。それはゆっくりした動作だった。
広瀬は欲しいものをすぐに与えられず、暴れた。「早く」と言っていた。「欲しいから」
東城の動きにいらだち、所在無くなって、彼の肩にかみついたような気がする。
東城は、そうされながらも、慎重な動きをやめなかった。
指がゆっくりと抜かれた後、彼が広瀬の腰を支えて、ゆっくりと導いてくれた。先端が入ると、広瀬は、あえいだ。身体の中が動いて、東城を入れたがっている。広瀬は、腰を落として彼を入れ込んだ。「もっと、奥」と東城に言った。
広瀬は自分の好きなように身体を動かした。大きな快感に包み込まれる。東城が下からついてきた。心臓の音が頭に響く。
そこで、急に身体が予期せぬ反応をした。射精感とは違う、絶頂だった。つながっている場所から頭や指先までがビクビクと動き、とまらなくなったのだ。いつもなら、射精してしまえば落ち着くことができるはずなのに、そうはならなかった。かといって、東城の性器が自分の中を動き、広瀬の快楽のもとをつくのをやめさせることができない。それどころかもっと、と身体が求めだす。さらに強い刺激と快感を求め、限界にいるはずなのにとめられない。
欲しいままに強い悦楽を与えられ、さらに欲しがっていると、空中を速いスピードで移動しているような感覚になる。急降下しているような急上昇しているような感じだ。このままいくと、いつか、地面にたたきつけられてしまう、という怖さがあった。広瀬は東城にしがみつき何度も怖いと東城に言った。助けて、とも言っていた。自分で欲しがりながら、先がわからない恐怖ですくんしまった。
東城がそのたびに広瀬に大丈夫とささやき、一緒にいるから、と言っていたような気がする。優しい声としぐさで広瀬を支え、しっかりと抱きしめてくれていた。
広瀬は、頭を振った。なんてことだろう。あんなことになるなんて。どんな顔でこれから東城に会えというのだ。しかも、昨夜は声も全く抑えられなかった。宮田にもしも聞こえていたら、どうしたらいいのだ。
床には、東城に貸してもらった服が散らばっている。下着が裏返って落ちていた。朝日のもとで自分は全裸で、身体には昨日の跡が残っていた。
とにかく服を全部拾い上げて着た。ドアの近くに立って外の音を聞く。何も聞こえない。東城はどこにいるのだろう。いや、東城がどこにいてもそれはいい。問題は宮田だ。
時計を見ると6時半だった。宮田はまだ起きていない可能性もある。
ドアをあけようとしたら、むこうから開いた。
思わずあとずさる。東城が立っていた。彼は上機嫌の顔で既にスーツを着ている。
「起きた?」と聞いてきた。
「はい」と広瀬は答えた。顔をあわせられない。
東城はドアを閉める様子もなく、部屋に入ってくる。
「おはよう」と言って抱きしめられた。さらに唇を求めてくる。
「ちょっ、」広瀬は彼を避けた。
東城はいぶかしんだが、ああ、とうなずく。「宮田ならいない」
「え?」
「俺が起きたときにはもういなかった」
「え?」
「かなり早くに起きて帰ったらしい」
「そうですか」と広瀬は言う。そんなに早起きだったんだ。同じ部屋で寝ているはずの自分がいなくてどう思っただろう。
「朝飯食べるか?」と聞かれた。「食パンくらいならあるけど」
「いえ、いいです」広瀬はそう言って東城の脇をとおって部屋の外に出ようとした。それを東城がとめる。
彼は、再度広瀬を抱きこみ、今度こそ深いキスをしてきた。すごく笑顔だ。
彼は勘違いしているのだ、と広瀬は思った。
昨夜の自分は自分ではなかった。あれは別ななにかなのだ。東城は広瀬が自分から東城を求めたと思っているのだろう。勘違いは当然だ。あんなに乱れてしまったのだから。でも、あれは頭が変な状態だったにすぎないのだ。いつもの自分とは違うのだ。そして、もう、あんなことはない、はずだ。
キスは受け入れたものの、広瀬はうつむいた。
「東城さん、昨日の夜は、俺、どうかしてて」と広瀬は言った。「邪魔するつもりは全然なかったんですけど、飲みすぎたみたいで」と東城の顔をみないで言った。そうだ、どうかしてた。あんなことありえない。我慢できなくなって寝室に入り込んで、彼の上に乗り上げるなんて。
東城が勘違いをして上機嫌なのはわかるが、今は正直に昨夜の自分は普通じゃなかったのだと告げなければ。あんなことはいつもの自分ではないのだ。東城には悪いが、あれは決して広瀬の感情を反映した行動ではなかったのだということを、理解してもらわなければ。
「本当に、どうかしていたんです。すみません」
ところが、東城は笑顔のままで静かに広瀬の言葉を聞いていた。しばらくして、広瀬が言葉を切るとうなずいた。
「いいよ、広瀬。俺はすごくうれしかったから。お前が今どう思ってても。俺がうれしいことに変わりはないから、だから、それだけでいいよ」
広瀬は何も言えなくなってしまった。彼の手を腕から振りほどくことも、耳朶をそっとかんで甘い言葉をささやかれることも、避けることはできなかった。
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