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交通事故2
広瀬は宮田の後に風呂に入った。
大きな浴室だった。
東城が、広瀬のアパートを狭い狭いと文句を言う理由がやっとわかった。身体が大きい東城にはユニットバスは確かに狭いが、そんなに言うことないだろうと思っていたのだが、日常、こうだだっぴろい風呂に入っているのだから、広瀬とは感覚が違って当然だった。
浴室には、シャンプーとコンディショナーやシェービングジェル、何用かはわからないボトルやチューブがいくつか並んでいた。
シャンプーは東城のフレグランスとは違うが、ベッドの中で彼と密着しているときにかいだ覚えがある香りだった。
広瀬は目を閉じた。身体の奥がほんの少しだけうごめいた気がする。それを否定するため、お湯の温度を下げて顔を洗った。
浴室をでると東城は、着替えまで用意してくれていた。あまり袖をとおしていないスウェットだった。東城のものではないのだろう、それほど大きくない。
広瀬が出ると、入れ替わりで東城が入っていった。リビングには、既に宅配のピザや中華がきている。
宮田は、テレビの前でビールを飲ん、ピザを食べ、すっかりくつろいでいた。彼は、テレビ周りにあるDVDを物色していた。
「何にもないなあ」と宮田は言った。DVDはコンビニで安く売っているようなものが10枚くらいあるだけだった。
「あ、こんなのがある。ガキっぽいなあ、東城さん」
宮田が見せてくれたのは、昆虫や動物が対決するシミュレーションものだった。
「カブトムシとクワガタどっちが勝つと思う?」と宮田が広瀬に聞いてくる。
広瀬は、「カブトムシ」と答えた。
「クワガタだろ。広瀬、クワガタってすごく強いんだぜ」と宮田に反論された。「カブトムシはでかいだけだろ」
どうでもいいことだったので、宮田には好きに話させておくことにした。
広瀬は机にならんだピザを食べ始めた。宮田は、DVDを操作して、カブトムシ対クワガタの映像を見始めていた。
風呂からでてきた東城は、宮田とリビングでテレビをみながらくだらない話をずっとしていた。広瀬はテレビにも二人の会話にも興味がなく、久々に触れるタブレットを操作した。
たしかに使い勝手は少し違うが、前よりわずかに起動や動作が速くなったようだった。
広瀬はタブレットに地図を広げた。今日の交通事故も記録をする。ふと、自分の位置が地図上に示されていることに気づいた。東城のマンションがタブレットに記録されたのだ。
『白猫』がこのデータと、タブレットに記録されている以外の広瀬に関係するデータをすべて組み合わせて見たら、そのうち何かを発見するのだろうか。
広瀬は、タブレットの電源を落とした。
ビールを飲んで食事をし、すっかり落ち着いた後で、東城は、泊まるか?と二人に聞いてきた。広瀬は帰りたかった。
風呂からでてきて、ソファーに座りくつろいでいる東城を見ると、落ち着かない気分になってくるのだ。何気ない手や指の動作が目に付いてしまう。
そして、この家から、広瀬が知らない、東城の私的な部分が見えてくる。
家族の写真が棚の上にあり、本や雑誌、漫画が背の低い本棚に入っている。リビングの隅には、重そうなダンベルが置いてある。
彼がこの家でどんな生活をし、どう過ごしているのか想像してしまう。
今日だって、彼は1人でこの家にいたのだ。
広瀬はメールを見るのを忘れていた。今日は連絡があったのだろうか。それともなかったのだろうか。東城は時間があれば自分のアパートに来ているのだと思っていたがそうでもないのだ。今日のように広瀬のアパートに来ないときには、何をしているのだろうか。
こんなふうに考え続けたくはなかった。東城の毎日の生活のことなど、考えたくない。でも、頭から離れなくなる。これで、この家に泊まったりしたら、もっといろんなことを知ってしまう。
次にアパートで彼を待つときに、この家のことを、家の中の東城のことを想像してしまう。
だが、宮田は泊まろうと言って、広瀬が帰りたいというのをしりぞけられた。1人で帰るといったが、理由を強く聞かれ、はっきり答えられないと泊まろうと説得されてしまったのだ。
夜、広瀬は客間にひいてもらった布団に横になった。横で宮田が眠っている。
部屋の中は宮田の規則正しい呼吸音だけが聞こえていた。広瀬は何回も寝返りをうった。
この和室は客間らしく、ほとんど何も家具が置いていなかった。宮田と広瀬は、和室に布団を並べ寝ていた。
東城のマンションは全てが整然としていた。こんな風に住んでいるとは意外だった。広瀬のアパートに来て、ビールの空き缶やら雑誌やらをその辺に置きっぱなしにしているのとは違う。
広瀬のアパートのことを殺風景と言っていたが、この部屋も相当殺風景だ。おまけに、こんなだだっ広いマンションで1人で暮らしているなんて、広瀬よりもさびしい生活だ。いや、もともと東城はお坊ちゃんで、見たことはないが多分お屋敷に住んでいたのだろうから、こんなくらいの広さは当たり前なのか。
広瀬は眠れなかった。心臓がいつもより強く打っている。
東城がすぐ近くで眠っている。大きなテレビの置いてあったリビングを隔てて、数メートルのところに。
最近、東城は左腕の打撲がまだ痛いこともあるのだろう、広瀬のアパートに来ても以前のような長い時間をかけてのセックスをしてこなかった。口や手でお互いにするくらいだ。前はあんなにしたがっていた後孔を使っての行為もしていなかった。
今日も、広瀬のアパートに来る予定はなかったようだ。その前はいつアパートに来ただろう。
日にちを数えてしまう。東城がアパートに最初に現れてから数ヶ月以上がたっている。こんなふうに、終わっていくのだろうか。だんだんに回数が減り、激しく、身体を求めることも減っていくのだろうか。
東城の横たわる身体を想像してしまう。背が高くみっしりと筋肉がつき重みがある熱い身体。東城のことを想うと広瀬はあちこちからしびれるような痛いような感覚が広がる。広瀬の上にかかる東城の体重やその熱い性器を想像すると、自分の下半身も重くなっていく。触れられてもいないのに、想像するだけで、いたたまれなくなってくる。
ほんの少し離れた部屋に東城はいる。自分は身体の火照りをおさえることができない。
広瀬はとうとう起き上がった。自分をとめることはできなかった。足音をしのばせて和室を出て、リビングを横切り、東城が入っていった寝室のドアをあけた。
中は暗く、リビングのわずかな灯りでやっとベッドの位置がわかる程度だ。
広瀬はほぼ手探りでベッドに近づき、手をのばした。乗り上げると彼の身体を探す。
すぐに肩に触れることができた。広瀬は、掛け布団の中に入り込み、東城に身体をよせた。
温かい体温とゆっくりとした鼓動が伝わってくる。広瀬は手をのばし横を向いて眠っている東城の顔をなでる。唇をよせて、額や頬を感じながら徐々に下にずらし、彼の唇をなめた。
「ん」と声がした。そして、「広瀬?」と呼びかけられた。ぼんやりした声だった。
東城が手を伸ばして髪をなでられた。軽くついばんでいたキスが返され、舌が差し入れられた。口の中をゆっくりと動き、舌を軽くなでられた。
ちゅっと下唇を吸われて口が離される。
「広瀬?」と今度はしっかりした呼びかけになっている。
彼は顔を離し、暗闇の中広瀬を見ていた。「夢、じゃなかったのか」と東城は言った。「夢かと思った。お前から俺のところに来てくれるなんて」
首に顔をうめてしばらく動かなかった。眠ってしまったのではと思うほどだった。「こんなにうれしいとは」そういった。その声はほんの少し震えていた。
彼はしばらく広瀬の肩を背中を手で確かめていた。広瀬も、東城の身体に手を回した。もう一度キスをしようと唇をよせたところで、東城は彼の腕をそっとどけた。
「どうして?」広瀬は軽く抗議した。もっと欲しいのに、なぜ避けるのか。
「ちょっとだけ、待って」と優しい声がした。彼はゆっくりとした動作でベッドから降りた。そして、わずかに開いていた寝室のドアを閉めた。カチャっとかすかな音がして鍵がかかった。
東城ドアの近くのスイッチを押すと、柔らかな灯りのフットライトがついた。ぼんやりと部屋全体が浮かび上がる。そして、彼はベッドに戻ってきた。
広瀬の横に寝るとそっとキスをしてきた。
「声、出さないようにできる?」と聞いてくる。広瀬はうなずいた。本当は自信がなかった。今だって東城に触れられるだけで、おかしな声をあげてしまいそうだ。
彼は広瀬のシャツを脱がせた。さらに、スウェットを足からぬき、下着をとりはらった。自分もためらいなく服を脱いでいく。
素肌が触れ合った。彼の熱が伝わってくる。できるだけ肌を密着させられるように広瀬は身体を動かした。自分の中に彼を受け入れ、一つになっていたい。
そのように一夜をすごした。
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