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交通事故
大井戸署に帰ろうと車で移動していると、知らせが入った。
車を走らせている近所で交通事故があったというのだ。しかも、被害者は佐々木だったという。
広瀬たちは、現場に行くよう指示された。状況を把握するようにと言われる。
佐々木は、足を撃たれて入院していたのだが、最近、退院していた。浅井との共犯ということで逮捕されたが、協力的なためと、浅井たちにだまされていたということもあり、現在は、保釈中で裁判を待っているところだったはずだ。
現場は、何人もの警官とパトカーが並び騒然としていた。佐々木は既に救急車で運ばれた後だった。聞くと、歩いていたところを後ろからはねられたらしい。
夜間だったため、ドライバーからはわかりにくかったのだろう。
轢いた車の持ち主は、青ざめて現場にいた。中年のサラリーマン風の男で、広瀬たちの知らない顔だった。この前の事件とは全く無関係そうだ。ただの事故と思われた。広瀬は、新しいタブレットで現場の写真や車の持ち主の写真をとった。
雨が降り出してきた。頭にポツポツとあたり、濡れていく。誰かが傘をもってきて、車の持ち主の男に差しかけてやっていた。
「広瀬」と声をかけたれた。振り返ると、東城が立っていた。
彼は、落ち着いた色のハイネックのシャツに温かそうなジャケットを着ていた。
東城は、広瀬の手にあるタブレットを見た。彼はほかのことよりもまずタブレットのことを聞いてきた。
「それ、どうしたんだ?」
「新しいのを支給されたんです」と広瀬は答えた。
横から宮田が今日研究所に行ったことを説明した。
詳細を聞いて東城はうなずいた。「じゃあ、戻ってきたんだな」と彼は言った。特にそれ以上の感想はなかった。
東城は、広瀬のサブシステムのことを快く思ってはいないのだ。だが、一方で、タブレットが壊れて広瀬が落ち込んでいたのもよく知っていた。
「それより、東城さん、なんでここに?しかも着替えて?」と宮田は聞いた。確かに朝はスーツだったはずだ。
「家に帰ってたんだよ。もう、夜だろ。俺のうちこの近所なんだ。さっき、連絡がきて、近所にいるなら、現場見てこいって言われたんだ。こき使われてるよな」と東城はぼやいていた。
しばらくして、雨が強くなり、車の持ち主の男は、警察署に連れて行かれた。
東城は、先ほどの交通事故のことを二人に教えてくれた。
「佐々木の怪我はたいしたことがなかった。本当にちょっと車がかすった程度だったらしい。本当は轢かれたとか騒ぐようなことじゃない。でも、奴は、ずっと怯えてたんだろうな。すぐに警察を呼んだから、この騒ぎになった」
「怯えてたって、何にですか?」宮田が聞く。
「亡霊にだよ。誰かが自分を恨んで、いつか殺されるんじゃないかって思ってるんだ。あの時、急に田島に撃たれたのが相当ショックだったんだろうな。あんなふうに撃たれたら誰でもショックをうける。」
「ああ、それで、また殺されるって思ったんですか?」
東城はうなずいた。「佐々木、病院で、田島の娘のレイプの件、自分もやったって言ったらしい。今、病院に高田さんたちが向かってる」
「そうですか」宮田はうなずいた。「田島は満足でしょうかね」
「さあな。佐々木が後悔しても、娘は戻らないからな。田島は佐々木を殺したかっただけだろう」と東城は言った。「どっちかっていうと、佐々木のためになったんじゃないか。自分のやったことを告白できて、誰かがちゃんと罰してくれるんだからな」
広瀬は、自分が撃たれた理由がわからずただ田島を怖れていた佐々木を思い出した。
理由のない攻撃には恐怖しかなかっただろう。自分が過去に犯した過ちが理由だとわかれば少しは気持ちは落ち着くだろうか。どうだろうか。
しばらくして、広瀬たちは帰っていいといわれた。
ところが、宮田が乗ってきた車は、現場にいた何人かが使いたいといって乗って行ってしまった。ここから電車で帰るのか、と宮田はブツブツ言った。傘もなくて頭から雨を受けずぶぬれになってしまっている。おまけに寒い。
東城は、宮田と広瀬に言った。
「うち、近所だから、寄ってってコーヒーでも飲むか?かなり濡れたからタオル貸してやるよ。必要があれば俺の車で送ってやる」
宮田はぜひ、と言ってうなずいた。
広瀬は、電車で帰るつもりだった。東城の家に行きたいとは思わなかった。だが、黙っていたら同意したものとみなされて、タクシーで連れて行かれた。
東城がうちと言っていたのは、現場から車で15分程度のところにある高級住宅地のマンションだった。
大きな家が立ち並ぶなかに、低層の重厚なマンションが建っていた。大きな門をくぐり、前庭を通って建物に入ると広いエントランスになっている。昼間は誰かがいるのだろう、受付があった。
東城は、エントランスのオートロックをあけて、中に入っていった。
「広瀬、来るのはじめて?」と宮田に聞かれた。
一瞬宮田に何か試されて聞かれているのか、と広瀬は思った。だが、考えすぎだとすぐに自分の考えを否定した。宮田が自分と東城の関係を知っているはずがないのだ。
広瀬は宮田に正直にはじめてだ、と答えた。
「俺、前、何回か来たんだけど、ここすごいんだぜ。中にジムとかプールもあって。一人暮らしには広すぎる」と宮田は言った。
東城の家はマンションの2階だった。
自宅のドアをあけると、中は予想通り広々していた。
「ちょっと待ってろ」といわれて玄関でまっていると、大きなバスタオルをもってきてくれた。
頭をぬぐって、すっかり冷えてしまったと思っていたら「風呂入るか?」と聞かれた。
「いいんですか?」と宮田は聞く。
「風邪引きそうだからな。俺も寒い。風呂入ってる間に出前とってやるよ」と東城は言った。
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