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第4話 二人のあいだにある小さなズレ

 伊上の寝顔を見ているうちに、ウトウトしてしまったらしく、天希がまぶたを開くと目の前に彼の寝顔があった。  いつの間にやら布団に二人、横になっており、天希は伊上の腕の中だ。  優しく抱きしめてくれている伊上は、まだ眠っているのか、天希が目覚めたことに気づいている様子はない。  いつも少しの動作でも起きてしまうため、伊上の寝顔は非常に貴重だった。 (今日は眉間にしわ寄ってんな)  なにか心に引っかかるものがあるときは、寝顔に表れる。  安心して眠っている場合と落差があるので、天希は夜中に目を覚まし、確認する癖がついた気がした。  しかしそのたび起こしているような気もして、申し訳なさがある。  とはいえ眠りを妨げられても、伊上が不機嫌になるなどなく、むしろ天希がいるのを見て、安心した顔をする。 (大人だから、大人の世界だから、我慢しなくちゃいけないなにかが多いんだろうな。それとも俺が、なにか我慢させてるのか。俺は伊上から見たら、ほんと子供だよな)  すり寄るように胸元に潜り込めば、気づいた伊上は天希をぎゅっと抱き寄せる。  そっと額に口づけを落とされて、彼が目を覚ましたのがわかった。 「あまちゃん、どうしたの?」 「ん、いや……今日はなにか嫌なことあったか?」 「特に、ないなぁ」 「そっか」  明かりの少ない室内で、わずかに伊上が考え込むそぶりを見せたけれど、一瞬の間だった。  普段と変わらぬ声音で返事をされて、嘘をついているわけではないとわかる。  天希に言いたくない、知られたくない事柄はピタッと口を閉じて、貝になる人だと気づいていた。  それでも天希には気を許しているせいか、言い淀むとわずかに声に揺らぎが出る。  きっとほかの人ではわからない。ほんの少しの違和感だ。 「俺はあんたのことなら、なんでもわかりたい、知りたいって思っちゃうんだよなぁ」 「そう思うほど好きって意味でしょう? 僕だってあまちゃんのすべてを知りたいし、手に入れたいとも思う」 「ふぅん、そっか。これは普通の感情か。俺はあんたが全部初めてだからさ。よくわかんねぇんだよなぁ。恋心ってやつ?」 「可愛いこと言って、僕に襲われたいの?」 「へっ? ちが、ちょ……んっ」  思わず口からついて出た言葉が、伊上のなにかに触れたのか。  抱きしめてくれていた腕が、手が、天希を組み敷く。手首を大きな手で縫い止められ、降ってきたキスで口を塞がれた。  まっすぐに見つめてくる視線を感じて、天希が見つめ返すと、口づけはさらに深いものに変わる。  舌を絡め取ってすすり、口内をねっとりと愛撫されていく。 (ずるい。伊上にキスされると、考えてること全部吹っ飛ぶ)  観念して広い背中に腕を回そうとすれば、片方の手が離れて天希の体を撫でる。そしてそのままするりと下り、Tシャツの裾からすべり込んできた。  もうすっかり馴染んだ自分より少しだけ低い体温。  手のひらから伝わる熱に天希は安堵する。 「なあ、伊上、したくなった」 「可愛い。おねだりのときは?」 「紘一、気持ちいいこと、したい」 「お利口さんだね。気持ち良くしてあげる」  唾液の絡むキスを交わしながら、伊上の指先で胸の尖りをこねられる。  そこをいじられるのが好きな天希は、無意識に「もっと」とこぼしていた。 「きもち、ぃい。こーいち、舐めて」 「いいよ」  Tシャツをたくし上げられ、されるがままに体を任せると、手首の辺りに絡まった。  中途半端なTシャツを引き抜こうとして天希は身じろぐが、伊上の髪が胸元をくすぐり、胸の先に濡れた感触がした途端に諦める。 「んっ、っ……はあ、やっ、歯、立てんな」 「あまちゃんって、やだって言うことすると濡れるよね」 「ふぁっ」  伊上の膝頭に股間をぐりぐりと刺激されて、天希は自身のモノが熱を孕み、濡れそぼっている状況だと気づく。  グレーのスウェットはシミが目立つのだろう。  つーっと指先を滑らされ、天希はビクッと体を跳ねさせた。 「もしかしてあまちゃん、一人でしてないの?」 「……最近、忙しかった、から」  少しの刺激で呆気なく達してしまい、天希は顔から火が出る思いがした。  驚きの声で問われれば、ますます恥ずかしさが極まる。 「じゃあ、前回会った時からいじってないんだ」 「そう言うのは言わなくていいんだ。デリカシーないぞ」 「ごめんごめん」 「だから、すぐ、ほしぃ」  ふっと体から重みがなくなったのに気づき、天希はとっさに手を伸ばそうとした。  おそらく伊上はゴムなどを取りに行こうとしたのだろう。絡まるTシャツに翻弄され、もたもたしているとかすかに笑われる。 「またあまちゃんは」 「俺の、ポケット」 「なんでスウェットのポケットにローションが入ってるの?」 「へへ、準備がいいだろ?」  個包装のローションは伊上が帰ってくる前、部屋の片付けをしている際に、天希がポケットに入れておいた。  雪丸がいるから、と言いはしたが、こうなるのは予想済みだ。  会えば必ずしているし、天希は伊上と体を重ねるのが好きだった。  気持ちいいからだけではなく、彼を一番近くで感じられる行為だ。 「ゴムは用意してねぇの。だからそのまま」 「ほんと、あまちゃんは僕を駄目な大人にさせるのが得意だね」 「そんな俺が好きだろ?」 「はあ、もう……大好きだよ」  伊上はねだらなければゴムなしでなんて絶対しない。  ほかの相手ならねだられてもしないだろう。それもこれも天希だからこそだ。  わかっているからわざと天希は甘えて、彼を試している。  もちろん伊上も気づいていて、その甘えを受け入れている。  いくら天希に甘いとは言え、彼もノーと返事をする場合もあるのだ。  大概は遠回しにだけれど、天希は察しがいいほうなのですぐわかる。 「あっぁ……っ」 「さすがにちょっとキツいかな?」 「へ、平気だから」  天希が急かすのでいつもより早く、伊上のモノが奥へと押し込まれる。  少しばかり引きつった感じはあったものの、中に収まれば、天希は彼が腰を引かないように足を絡めた。 「こら、足癖が悪いな」 「だって、いま抜こうと、しただろ?」  ぺちぺちと太ももを手のひらで叩かれても、天希は口を尖らせ不服をあらわにする。  天希の幼い子供のような表情を見た伊上は、呆れた顔をしつつも、身を屈めて口づけをくれた。 「あまちゃんは可愛くて困るね」 「そう思うなら、早く可愛がってくれよ。……っん」  煽る天希の言葉に応え、ぐっとさらに奥まで押し込められたモノは、最奥をこじ開けようとしてくる。  しかしわずかに天希の体に力が入ると、すぐさま腰を引かれた。 「いきなり、は、ずるい」 「可愛がってあげようと思ったんだけどな」 「もっと、気持ちいいの、味わい、たい」 「どこを、どんな風に?」  ゆるく抽挿を繰り返されるが、決定的な場所へは刺激をくれない。  意地悪い伊上の行動に、天希はムッとした顔をして体を起こす。  そのまま目の前の体を押して体勢を入れ替え、天希は伊上に乗り上がった。  普段はあまり自分から彼に乗る真似はしないが、いまばかりは我慢がならなかったのだ。  体勢を変えた時に、抜け出てしまった伊上のモノを自分から受け入れ、天希は小さく声を漏らした。 「ん、あっ……デカくすんな」 「あまちゃんが悪いんでしょう? いい眺めだね」  ゆるゆると、腰を前後に振りながら文句を言う天希に、伊上はクスッと笑う。  さらには伸びてきた手が、太ももや尻、腰まで撫でていき、天希はゾクゾクとした感覚に震えた。 「動かないの?」 「う、動く、あんまり、触るな」 「注文が多いなぁ。……あまちゃんは、こっちのほうが動きやすいでしょう?」 「ふぁっ、んっ」  シーツに横たえていた体を、腹筋だけで起こした伊上は、そのまま天希の体を抱きしめてキスをする。  向かい合う形になり、自然と天希は腕を伸ばし、彼の首元に絡めた。  口先でちゅっちゅとリップ音が響き、与えられる口づけに酔いしれながら、天希は再びゆるりゆるりと腰を動かし始める。 (気持ちいい……奥、もっと、したい)  快感に集中し始めると、天希はキスが疎かになるが、伊上は気にせずに首筋や鎖骨を甘噛みしてきた。  肌に触れる彼のぬくもり、口づけ、すべてが感度を上げるスパイスみたいに感じる。 「こーいち、ここ、もっと……っ」 「はあ、可愛いね。可愛い声、もっと出していいよ?」 「ひぁっ、やっ、駄目だっ、すぐ……イクっ」  望む場所を堅く猛ったものでゴリゴリと擦られ、胸元へ顔を埋めた伊上に赤く尖った先っぽを撫でられた。  舌で丹念に舐られると、奥への刺激と併せ快感が倍増する。  嫌だと首を振る天希だが、気づけば伊上のアッシュグレーの髪に指を絡め、彼を腕に抱き込んでいた。 「あっ、ぁっ、いいっ、気持ちいい」  カクカクと刺激を求め揺らされる腰、じゅっと胸の先を吸い上げられた途端、天希の濡れそぼった昂ぶりから白濁があふれ出た。 「はっぁっ、ん……や、だめ、いま」 「僕はまだイってないよ?」  達してもなお、中を擦られて、溢れ出すものが止まらない。  溜まらずぎゅっと強く抱きつけば、体をシーツへ押し倒された。続けざまに脚を掴まれ、伊上のいいように律動が再開される。 「ぁ、あっ……また、イクっ、こーいちっ」 「気持ちいいね。あまちゃんの体はほんとにえっちだな。気持ちいいの全部拾っちゃうんだよね」  ローションを足されて、さらに滑りの良くなったそこをたっぷりと犯される。  ぐちゅぐちゅと水音が鳴るたび、天希の体はますます感度が良くなった。 「ひっ、ぁっ、とまんないっ」 「うんうん。気持ちいいでしょ?」  伊上はゆっくりと身を屈めて、涙をこぼしながら喘ぐ天希にキスをくれる。  そのあいだも中への刺激は続いていて、天希はなにも考えられなくなってきた。 「可愛いね。本当に、いつまで君は僕のものなんだろうか」 「……? なに? こーいちっ、んぁっ」  ぽつんと呟かれた伊上の言葉が頭に入ってこない。  追い打ちをかけるみたいに体を揺さぶられてしまえば、なにもかもわからなくなる。  それでもどこか寂しげな彼の瞳を見つめ、天希は「好き」の言葉を繰り返した。

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