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演奏が終わった後、君はスマホを見て、低く息を呑む。 「どうした?」 俺に視線を移して、うん、あの、と言いよどんでまた画面を見た。 「あのね、キシさんが、出口んとこにいるって」 「へーえ」 「迎えに来るとは言ってたんだけど。全然そんな話じゃなかったのに」 君はため息を吐き、俺は笑った。 「気の毒に。いいとは言ったものの心配だったんだろ」 「心配って、今さら」 「どうする?俺は後から出た方がいいね」 不安げに君は考えている。昔も時々こんな顔をした。 「それとも挨拶しようか。もしかしたら、その方がいいのかな」 今夜会ってから初めて、そしてこの時だけ、君は共犯者の目で俺を見た。 「英司はどう思う?」 「うん、じゃあ一緒に出るよ」 クロークの列に並んでいる時、 「今日、ありがとう。初めてこういうの見た」 と君は言った。 「楽しかった。知ってる歌やってくれると嬉しい。知らない歌もすごくいいのあって」 「こういう曲、って何となくでも言ってくれたら、曲名教えるよ」 「ありがと。あとね、最後の夜景すごかった」 アンコールの時にカーテンが開いた。高層ビル群の向こうに広がる一面の夜空を、君はまた食い入るように見つめていた。 「あれ、ずっと開けておけばいいのに。英司はよく来るの?」 「東京に来る時にチェックして、いいのやってたら」 「なるほどね。じゃあ」 「そういえば、君は、まだ夢をみる?」 言葉を遮ったせいなのか、君は相当驚いた様子で、しばらく何も言わない。 前に並んだカップルがコートを受け取っていたが、クロークの受付がもう一人増えて、こちらへどうぞ、と手を挙げた。俺が札を渡してから、君はやっと口を開いた。 「夢はみる」 「昔みたいに?」 「悪夢もたまにみる。夜驚もたまに」 「キシは何て」 「キシは気にしない」 君は即答した。 よくある質問ではないから、答えは用意されていなかったはずだ。君の心に刻まれた答えであり、キシが君を受け入れていることを君なりに言い換えて、心に繰り返す言葉なのだろう。 君は嘘つきだったが、俺に慣れて、心の中を不用意に見せることがあった。俺はそれを君の気持ちに読み替えて大切に思ったが、この時の君の答えは読み替えずにそのまま取っておいてもいいだろうか。 それぞれコートを受け取って、出口に向かいながら、 「演奏中は、カーテンは閉めることになっているんだよ」 と言うと、君はどうして、と聞き返そうとして口に出さないうちにキシを見つけ、いた、と呟く。 俺もすぐわかった。ウールのコートのポケットから手を出して、彼は俺に一礼した。 「はじめまして。岸です」 「高塚です」 「すみません、押しかけて」 夜中に君が叫び出す時、その少し前に俺は必ず目を覚ました。君の体から放散される恐怖が空気を震わせるようで、異変を察知するからだ。 でも次に何が起きるかはわからなくて、絶叫が聞こえてから、ああこれだった、と思う。 もしキシと話すとしたら、そんな話になったかもしれない。

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