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初めてのお稽古編『第23話』
「ただいま戻りましたっ!」
怒りに任せて入室したのだが、片付けをしていたはずの市川がいなくなっていた。
「……あれ? どこ行ったんだろ」
きょろきょろと茶室を見回す。
セットされていた風炉釜がごっそりなくなっていたので、釜を片付けているんだろうと思った。
(確か、倉庫は母屋の裏側にあるって言ってたな……)
興味が出て来たので、夏樹は茶室を出て庭を散策した。
倉庫、倉庫……と歩いていたら、つくばいの近くに杖を持った男性がいるのを見つけた。祐介だ。
「あ、祐介さん」
「あれ、夏樹くん。お稽古はもう終わったの?」
「ええ、今日のところは。ところで、お道具の倉庫ってどっちですか?」
「道具倉庫なら、ここを真っ直ぐ行って左に曲がるとすぐ見つかるよ」
「ありがとうございます。行ってみます」
ぺこりと頭を下げ、その場を立ち去ろうとする。……が、美和に暴言を浴びせられた後だったからか、不意に気になることが出て来た。
実の母親が腹違いの兄を毛嫌いしている。その環境は、やはり祐介にとっても居心地が悪いんだろうか。それとも、今更なんとも思っていないんだろうか……。
「あの、祐介さん……」
「何かな?」
「祐介さんは、市川……いえ、お兄さんのこと、どう思ってるんですか?」
「どうって?」
「あ、いえ、変な意味じゃないんです。ただ先生からは……その、いろいろ聞いているので。祐介さんの立場だと複雑なこともあるんじゃないかなと思って……」
すると、祐介は少し苦笑して口を開いた。
「……母に何か言われたの?」
「あ、ええと、その……ちょっと……」
「健介に弟子入りするのはやめとけ、とか」
「いや……まあ、はい……」
「……だろうね。今までもちょいちょいそういうことがあったし」
「えっ……? それ、どういうことですか?」
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