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初めてのお稽古編『第41話』

「それより先生、もう七時すぎてますけど。夕食どうします?」 「あ、そうそう。夏樹が起きたら聞こうと思ってたんだよ。ガッツリした食事を用意しても、食べられないかもしれないしな」  と、市川が掃除を止め、こちらに向き直る。 「あ。その前に、夏樹に見せたいものがあるんだ。こっち来てくれるか?」 「あ、はい……」  夏樹は素直に市川についていった。  市川が案内してくれたのは、リビングを出てすぐの和室だった。そこには真新しい畳が敷かれており、壁際にはお屋敷で見たような着物ハンガーが並んでいる。  その着物ハンガーには、可愛らしい着物がかかっていた。 「わあ……」  焦げ茶色の生地にうさぎの模様。隣にはお揃いの帯もかかっており、そちらは雲にかかった満月の模様が入っていた。 「これ、もしかして……」 「ああ。これが夏樹のために用意した着物だったんだよ。お稽古の時に着て欲しくてさ」 「ありがとうございます。……でもこれ、女性用の着物じゃないんですか? 確かに可愛いですけど」 「こういう可愛いデザインの方が夏樹には似合うと思ってさ。浴衣の時もめっちゃ可愛かったしな」 「いや、そういう問題じゃ……」 「まあいいじゃないか。性別問わず、なんでも着られた方が便利だろ?」 「あのねぇ……」 「大丈夫だ。今度からは俺の家で稽古するから。誰にも見られることはないし、変なヤツに目をつけられることもない。そこは安心していいからな!」 「は、はあ……」  力強く言い切られ、夏樹は半ば呆れながら着物を眺めた。可愛いうさぎがつぶらな瞳でこちらを見つめてくる。 (……ま、いっか)  せっかく市川が用意してくれたのだ。お稽古の時だけなら着てやってもいい。一度も着ないで処分するのももったいないし。 「先生……」 「ん? なんだ?」 「着るのはいいですけど、いちいちイチャついてくるのはやめてくださいね」 「えー? それは我慢できるかわからない……ぶべっ!」  下心丸出しの変態教師をぶん殴って黙らせる。 (次こそは、何事もなくお稽古できますように……)  夏樹は特製の着物を見つめながら、心の中で強く祈った。

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