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冬休み編『第18話』

「よう、夏樹。待ったか?」  ぴったり一時間後に、市川の車がやってきた。  夏樹は複雑な気分で見慣れた車を見つめた。 (ああ……やっちゃった……)  上手い言い訳が思いつかなかったのもあるが、結局市川に会いたいという本心が勝ってしまった。  やっぱり自分は、何があっても市川から離れられないのだ。それをまざまざと思い知らされた。 「あれ? お前、ちょっと見ない間に痩せてないか? 大丈夫か?」  市川が軽く頬を撫でてくる。  夏樹はやんわりとその手を払いのけ、あえてツンとした口調で言った。 「大丈夫ですよ。変な心配しないでください」 「そうか? でもなんか、頬のあたりが()けてるように見えるんだけど。ちゃんと食事してるのか?」 「……してますって」  これは嘘だ。精神的なストレスがかかって食欲が全く湧かず、一日一食採るのがせいぜいだったのだ。体重が落ちているのは自覚している。  市川が苦い顔をした。 「なんか心配だなぁ……。じゃあ、今日は夏樹の好きなもん食べさせてやるよ。何食べたい?」 「いや、そんなに食欲ないんで……」 「じゃあお茶漬け専門店にでも行く? それならサラッと食べられるだろ」 「だから食べ物はいらないですってば」  夏樹はさっさと助手席に乗り込んで、言った。 「それより、今日はクリスマスでしょ。デートスポットは混んでるだろうから、ホームセンター連れてってください。そこで新しい花の種を買います」 「そんなんでいいのか? お前、相変わらず物欲に乏しいねぇ」  もっとおねだりしてくれていいのに、とぼやく市川。  そんな市川を横目で見つつ、夏樹は頭の中から雑念を追い払った。  今だけは……市川と一緒にいる時だけは、河口のことは気にしないでいたかった。

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