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第8話 サプライズパーティ②

 坂下が目を覚ましたときは既に夕刻に差し掛かっていた。 施設を出ると、まだ蒸し暑い空気が肌にまとわりついてきた。 アスファルトの上を、ふたつの影が長く伸びる。 「ごめん。」 坂下はいたたまれない気持ちで謝った。 結局、長い昼寝につき合わせただけで、アミューズメントパークを楽しむことはほとんどできなかった。 せっかく取れた暁の休みも、暁の気遣いも、何もかもを無駄にしてしまったのだ。 「いいって。」 暁は笑って受け流す。 「俺も疲れがたまってたから、丁度のんびり休みたかったんだよ。」 暁が歩みを止め、しょげる坂下の肩に手をかけた。 「お前さ、俺にまだ言えずにいること、何かあるだろ?」 咎めるのとは違う、気遣うような声。 きちんと問いに返さなくては、と坂下は思う。 意を決し、坂下は顔を上げた。 息苦しい、と坂下はいつも思っていた。 生き苦しい。 坂下は口を開けた。 だが言葉は出てこない。 何かが喉の奥に詰まり、呼吸を、言葉をせき止めている。 目も口も開いたまま、坂下は木偶のように固まってしまう。 その様子に、暁は慌てて坂下の頬をぺちぺちと叩いた。 「お前の顔、すげーやばかった。今、絶対意識が飛んでたって。うわー、まじヤバイ。」 「……いきなりビンタ食わすなよ。」 「ごめんごめん。もう聞かないから。そんな顔するなよ。」 聞かないで欲しい、聞いて欲しい。 自分の矛盾した心に、坂下は混乱する。 そんな気持ちを察したのか、暁が坂下の顔を覗き込む。 「もしかして、話したくないんじゃなくて……話せない?」 どう答えてよいのか分からず、坂下は視線を外した。 空は赤く染まり、商業施設のガラス窓が夕日を反射している。 その光景は暁の描いた絵に少し似ている。 だが、夕暮れは夜明けとはまったく逆のものだ。 闇の近づく足音が聞こえる。 「あのさ……」 暁のかすれた声が、夕暮れ時の空気を揺らす。 「その、時間はいくらでもあるって思うんだ。明日だって明後日だって、俺はそばにいる。だから、その気になったら、聞かせて。今は無理しなくていい。焦らなくていいから。」 黄金色の雲が、ゆっくりと流れる。 坂下はしばらく固まって、暁の言葉の意味を考えた。 表情を確かめようと視線を戻したが、暁は慌てたように坂下に背を向けてしまった。 「やべ、もう時間だ!」 時計に目をやり、取ってつけたように小さく叫ぶ。 「じゃあな、また明日。」 口早に言うと、暁は振り返ることなく走り去っていった。 何かがすとん、と音を立てて落ちてゆくような感覚がした。 それは、ずっと坂下の呼吸を塞き止めていた小石のようなものだった。 「また明日。」 坂下は、口の中で小さく呟いた。 夕焼けの中、その後姿が見えなくなるまで、坂下はそっと小さく手を振り続けた。  明日、また明日。 いつもなら気が重くなる家までの道のりを、坂下は弾むような足取りで歩いていた。 一歩一歩、家に近づく。 一歩一歩、明日に近づいている。 少しずつ前に進めば、いつか朝にたどり着くかもしれない。 既に沈んだ太陽に変わって、宵の空に月が浮かぶ。 夜が明けたら、また暁に会える。 明日は今日よりも少しだけ暁に近づけるかもしれない。 坂下は、かつてないほど朝が待ち遠しかった。 別れたばかりなのに、暁に会いたくてたまらない。 玄関のチャイムを押すと母親の声がインターフォン越しに聞こえた。 途端に現実に引き戻される。 魔法が解けるようなものだ。 楽しいバースデーは終わったのだ。 坂下は玄関の鍵が回される音を聞いた。 ガチャリ、とドアが開く。 「ずいぶん遅かったじゃないか、ナオ。いつからそんな不良になったんだ?」 整った顔立ちの、若い男が立っていた。 口元に笑みを浮かべている、だが目は少しも笑っていない。 「兄さん……帰ってたの?」 「早くお入り。ずっと待っていたんだよ。」 真夏だというのに、冷え冷えした空気が坂下の鳩尾をすうっと撫でた。

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