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第1話
「佐伯、今日の予定は?」
朝食を食べた皿を片付ける俺に篠宮が話しかけて来た。
またいつもの、俺に対する『管理』が始まる。
「…今日は9時から病院の検診が入ってるからそれに行って、10時に出社。外回りと、来客が2件入ってる。退社時間はまた連絡するよ。」
「外回りはいつも通り新しい人に会ったら教えてね。来客の人は初めて会う人?」
「2件とも以前から取引があるとこ。彼らはβだし、篠宮の心配するようなことは無いよ…。」
篠宮の言いたいことを察して先回りするように答えた俺に篠宮は満足そうに「そう。」と言ってニコリと微笑んだ。
「…発情期、早く来れば良いね。佐伯と番になれたら、もうこんな心配しなくて良くなるのに。」
「……そうだね。」
手から離し、流しに入れた皿がガチャンッと、思いの外大きな音を立てた。
そんな俺の動作をさして気にした様子も無く、篠宮は玄関に向かいながら声をかけて来た。
「それじゃあ俺そろそろ行くね。戸締り、忘れないで。」
「うん。」
「愛してる。佐伯。行ってくるね。」
玄関前まで見送りに出た俺に篠宮はキスをすると扉を開けて出て行った。
パタリ、と控えめな音を立てて閉まった扉を確認してから、ふぅー…と長く息を吐く。
漸く、一息つける。
いくら長く一緒に居たって、篠宮との時間はいつも窮屈で仕方がない。
へたり込むようにズルズルと壁に背をついて座ると項へと手を伸ばして、確認するようにそこを摩 る。
ガタガタと残る、篠宮に残された噛み痕。
番になれないと知っていた頃から、篠宮は度々俺の項を噛んで嬉しそうにそこに指を這わせていた…。
「発情期なんて…来たら終わりだ…。」
発情期が来て、篠宮に項を噛まれたら、本当に俺たちは番になってしまう。俺の体は篠宮しか受け付けない体へとなってしまう。心を体に縛り付けられてしまう…。
「…抑制剤、強いのに変えなきゃ…。」
そう言いながら立ち上がり、病院へと向かう準備を始める。
篠宮と出会ったのは高校生の時。
当時俺はβで、この先もβらしい平凡な人生が自分を待っているのだと思っていた。しかし実際に訪れたのは、俺たちは『運命』だと言い張る篠宮に無理矢理バースをΩに変えられるという、思ってもみなかったものだった。
バースを変える研究は最近まで未完成で、このままずっと成就しなければ良いと願っていた。しかしそんな願いも虚しく研究は去年から実用化された。何か副作用があっては怖いので暫く様子を見るという名目で、実際に薬を打つ日を見送っては来たが、遂に先月、篠宮に押し切られる形で俺はβであった人生に終わりを告げた。
そして新しく訪れたのはΩの人生。
Ωへと体を作り替えられる前に受けた説明では、Ωは3ヶ月に1回「発情期」というものが訪れ、これはαの精を受けることで治まる。発情中は妊娠の確率が高く、またαに項を噛まれると噛んだ相手と『番』になり今後は互いにしか発情しなくなる。その上、他の相手との性交渉を行おうとする場合、頭痛や吐き気などの症状が訪れる、ということを教えられた。
むしろその説明が、俺に頭痛を与えたというものだ。
本当に、俺の全てが篠宮に合わせるように、篠宮の望むままに、作り替えられていく。
そんな日々が嫌で、俺は発情期が来て篠宮に項を噛まれてしまうことが無いように、それだけを最後の砦にして日々を生きていた。
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