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第1話

むかしむかし、まだ三つの国が安定と均衡を保っていた頃。 三人の王はそれぞれ人々からこう呼ばれておりました。 冷酷無慈悲で孤独を愛し世界一強い壱の国の王様。 思慮深く魔道に愛され世界一賢い弐の国の王様。 心が清く誰からも愛される世界一優しい参の国の王様。 互いを尊重し、誰からも手を出すことはなく。世界は一番平和だったとも言われていた時代。 これは、そんな時代を生きたとある青年のお話。 世界で一番哀れで、 世界で一番美しく、 世界で一番幸せな、 たった一人の奴隷の人生をたどる物語である。 ――― 怒鳴りつけるような大声が、今日もまた大広間に響き渡る。 声の持ち主はたいそう機嫌が悪く、どうやら一人の人物を探しているようだが、その荒々しい物言いはかえって探し人を遠ざけるのではないかと思われるほど恐ろしく見える。 頭を下げる数少ない女たちや、探し人と同じ地位の少年たちはそんな男の姿に肩を震わせながら首を振り距離をとっていく。 世界で一番強く冷酷で無慈悲であるというその男にみなが怯えるかのように俯きながら道をあけていく。 誰も男の答えを口にしようとはしないでただただ黙って王の気が変わることを願った。 そこに一人の侍女頭が現れると、しっかりと王を見据えて彼に対しての意見を口にする。 その勇気にざわつく宮内だったが、やがて男の纏う空気が一変すると、彼らもまたいっせいに口を噤んだ。 先程の言葉をもう一度繰り返せと、数分前よりも遥かに恐ろしい程の怒気を孕んだ声で聞き返す王の目の前で堂々としている彼女に、心のなかでそれ以上不機嫌な王様を刺激しないでくれと誰もが願ったが、当の侍女はさして気にしたようすもなく再び彼に意見の言葉を繰り返し吐いた。恐ろしいことに聞こえなかったんですか、等と前置きをつけて。 冷たい王の空気も周囲を凍らせるが、この侍女頭の肝っ玉にも周囲は息を詰まらせる。 下手をすれば斬首は免れないぞ。と誰もが頭に彼女の最後を浮かべたときだった。 ――リン、と重たいこの空気にそぐわぬ軽やかな鈴の音が宮中に響いた。 続いて静かな空間をコツン、と小さな靴音が鳴る。 侍女頭の真後ろに潜むようにしてただ静かに存在していた扉を開いて、息を飲むほどに美しい容姿の青年が姿を現した。 その背後には慌てたように彼を引き戻そうとしているのかあたふたと忙しない様子の侍女たちが見える。 「お帰りなさいませ」 先程の鈴の音よりも澄んだ声がとてもいいとは言いがたい人相の王へと向けられる。 恭しく頭を下げ、膝をつき、主の帰還に対する最早機械的な挨拶を行う彼に侍女頭は顔を歪めた。 鈴の音を響かせる彼――コノエは、生まれもった白い肌を惜しみ無く活かすかのように透けるシルクの布を身に纏い、キラキラと輝くような容姿に陰りを帯びた表情で王を見据えていた。 侍女頭、イハルはコノエ専属の世話係として彼がこの城に来たときからずっと、身の回りの世話をしてきた。 だからこそ、今の彼が何を考えて、どんな気持ちで王と対峙し、どんな心境で彼の命令に答えるのか、手に取るように分かっていた。 コノエは自分のためにイハルやその他数人の侍女たちが王に咎められるのを見過ごせなかった。 彼にとって侍女たちはどんな風に映っているのか、それは彼自身にしか分からないが、ただ彼が寄せているのは紛れもない好意であるということは理解できた。 彼ほどの美貌を持ち、王の無意識な寵愛を受けているものであるならば、間違いなく侍女たちは見下されて当然である。 今までにだって何度も嫌な扱いを受けてきた。 だからこそ、コノエの優しい眼差しに歓喜し、彼の穏やかな生活を少しでも守ってやりたいと思う。 そんなイハルの心を知ってか知らずか―いや、恐らく彼は理解しているだろう、コノエは威圧的な態度を取る王に白に近い金色の長い睫毛と柔らかそうなまぶたに守られた空を写したような青色の瞳をぶつけた。 たとえこれから暴力的なまでの快楽に落とされると分かっていても、その不躾な鋭い青を向けることをやめなかった。 「……こい」 鋭い眼差しに底冷えするような冷たさを覚える程の固い声で、王――タタリは、コノエの棒切れのように細くしなやかな手首を掴んで歩き出す。 ある程度予測してはいたものの、それでも強い力で引かれ、若干よろめきながらコノエは彼に付いていく。 イハルの向かい側に備えられていた広間の扉の向こう側へと消えていく僅か一瞬、彼はそっと侍女や側近たちを振りかえると困ったように笑いながら口許にごめんね、という動きだけを残した。 王の自室につくと、コノエはキングサイズの大きな寝台に放り投げられるようにして寝かされた。 覆い被さるようにコノエにのし掛かかるタタリの冷たい眼差しはいつも彼に違和感を覚えさせる。 これはいつものことで、その違和感の正体こそは分からないものの、結局、先に起こる行為ですべて分からなくなってしまうからあまり考えないようにしている。 第一、傍若無人なこの王をコノエはあまり良く思っていないのだ。 どうしようもないから、ここにいるだけ。 服を脱がされながら、コノエは王の背中に残る古い傷痕を眺める。 透けるシルクの布は柔らかく、コノエの肌をするりと滑るように離れていく。 首筋にちくりと痕を残され、息を小さく詰まらせる。 噎せるような香の匂いが微かに鼻を掠める。 「っ…んっ…」 さわりと白い柔肌を撫でられると、背筋がぞくりとして、艶めかしい声が漏れる。 タタリの愛撫はいつも荒々しいが、時々こうして優しくされることがある。 途中から激しくなる行為にいつもの倍くらい感じてしまうので、コノエはこの優しさが嫌いだった。 熟れた果実のように淡い色から鮮やかな朱にかわった乳首を、ぬるりと先走りで濡れるそこを、弱いとバレている腰の辺りを、何度も重ねた行為によって知られてしまった気持ちのいい場所を狙ってタタリの指先は快楽を与えてくる。 その堪えがたい刺激に、コノエはいつも泣きながら喘ぐのだ。 ふたりが疲れて眠りにつくまで。

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