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第一話 狂った隣人
となりの平凡くんは可愛い。
息を吸って、もう一度言おう。
かわいい。
食べてしまいたいほど、可愛い。
これといった取り柄も特徴もない、際立つことがない平凡な顔立ち。
可もなし、不可もなし。どこも変わり映えがしない、ほっとするような平凡くんが好きだ。
声高らかにもう一度言おう。
おれは、鈴木 晴斗 が好きだ。語彙力どこいった。
「ごめん、消しゴムが落ちた。鈴木、とってくれる?」
綾瀬 薫 は恋する相手、こと鈴木 晴斗 に声をかける。晴斗は憂いに満ちた静かな眼差しで窓に視線を投げていた。すぐに驚いて、晴斗は全体的に平衡がとれている身体をびくつかせる。
「あ、えっと……」
「手元が狂って、転がったんだ」
嘘だ。
わざと隣にいた晴斗の席へ放り投げた。しかも消しゴムケースNONOの下には「ハル」と思いを込めて、恋する相手の名前を一筆入れている。狂っているのは綾瀬だ。
眩しいほど爽やかに装い、声は英国紳士並に落ち着かせ、晴斗に顔を近づける。それでも低く澄んだ声は、どことなく上擦って途切れていた。
晴斗は足元へ視線を落とし、屈んで消しゴムを拾い上げる。頭をもたげて綾瀬を見上げると、和やかに微笑を含んだ笑いを浮かべた。
か、可愛い。極上の微笑みだ。現実はすべて並なのだが、綾瀬には上質なワインのように芳醇かつ甘美な顔立ちにみえている。
「これかな? はい」
声も可愛い。
綾瀬は嬉しくて触れた指先から、消しゴムごとカタカタと震えそうになった。恋すれば震えるという人間の性 がなんとなく理解できる。
「ありがとう。あの、えっと……」
「なに?」
なにか話かけよう。昨日やりかけたゲーム、連載を終えた少年漫画、話題は数えきれないほど沢山ある。綾瀬の喉がからから渇いて、のどから出かかった声を飲みこむ。
「いや、なんでもない。ごめん、急に」
(おれぇぇぇ! なんで? ねぇ! なんかもっと上手いことを言えよ、オレ!)
消しゴムを握りしめて、颯爽と格好よく決めて席へと戻るが、綾瀬の心の内は血を吐くように叫んでいた。
ここで補足するが、綾瀬は表では、リア充かつカースト上位の一員だ。
だが、青年の本性は、板に張りつくネット住人である。
実のところ、数多い友人に囲まれている綾瀬はBaboo知恵袋の住人達が無二の親友なのだ。
そして、バブリスタという小説投稿サイトに晴斗への想いの丈を綴り、上位ランキングを保っている。
つまり、綾瀬薫という男は、魑魅魍魎 の腐族がひしめき合うBL界に潜む、情熱的な狂った書き手だった。
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