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第十五話 亭主の好きな赤烏帽子

「やっぱり平凡の描写は難しいですね。綺麗だったら美人受けになりますし、かわいいという表現もなんとなく平凡枠から外れてしまう可能性が否めません。攻めの視点でのみ、受けのよさを理解して欲しいです」 「わかります。黒曜石の瞳、透き通った白い肌という表現でダウトです。俺は発狂してしまいますね。髪の毛すら難しいときもあります。百歩譲って、目の色はあくまでも藍色ぐらいの色で留めておきたいです」 「そうですね~。普通なのに皆がかわいいと口にするのも厳しいですし、攻めと当て馬くん以外は平凡くんをナナフシのように見て欲しいです。モブ友達が『あいつ、キレイな顔してねぇ?』と言い出すときが一番ヒヤヒヤしちゃうんです。あ、ぼくの身勝手な見解でごめんなさい」  早口でまくし立てるように、上から目線でしゃべり続けるこのふたり。何様なのだろうか。 モクモクしませんか~? というハルの誘いから、「平凡」という容姿へ話題が移るとかれこれ五時間以上も語り合っている。  奇跡のモクモク交換から、綾瀬とハルは毎日のように作業しては会話に花を咲かせていた。 「同感です。攻のみ平凡のよさを知っているっていうところが、より一層の執着がわかって内容に深みがですよね」 「そうなんですよ。攻だけが知る癖や仕草、受けの性格のよさを知っている。そこが平凡受けに対する執着攻めのチャームポイントだと思っています」  深夜零時、受という存在について熱く語る男どもの会話は刃のように鋭い。 アホかと思われるが、本人たちは至って冷静で怖いくらい真剣だ。手のひらにじっとりとした汗をにぎっている。  綾瀬はプロットのキャラを考え、ハルは新作のネームを考えていた。窓のそとは宵闇に沈んで、街灯が遠くでちかちかと揺れている。 「あ、そういえば、綾瀬さんに質問があるんです」 「なんですか?」  ハルは思いついたように質問を綾瀬にぶつけた。 「あの、ビッチ受けは綾瀬さん的にどうなんですか?」 「え? どうなんですかって……?」  ビッチ。それは綾瀬にとって青天の霹靂ともいえる言葉だった。誰とでも寝るような、とんでもない尻軽。苦手である。性に多感なお年頃だが、実際に目の前にすると逃げたくなる。筆舌に尽くしがたいほど避けたい。 「ぼく、平凡受も好きなんですが、どのジャンルも読むので、メス堕ち、ガチムチ、バッドエンド、メリバもなんでも好きなんです。だから綾瀬さんも平凡受以外に好きなジャンルあるのかなって……。はっ! いけない! いや、そのままでもいいんです、ほかに気になっているのあるのかなってちょっと考えたんです。その、綾瀬さんのことならなんでも知りたくて……、わぁ、ごめんなさい。恥ずかしいな……」  頬をピンクに染めるように、もじもじとした声が綾瀬の耳を通り抜ける。  書き手になるまで色々な作品を読んだ。正直なところ、総受けとビッチだけは避けていた。  理由は晴斗がビッチだとは到底思えないからだ。いや、本音はビッチだったらどうしようと不安だった。童貞の何も知らない、手ほどきすら受けていない自分。それなのに性に精通している恋人を持つということは、処女厨である綾瀬にとってあってはならないのだ。 「あ……」  言葉が出てこない。あれほど、たくさんの語彙力がつまった脳みそは水分を欲して萎んでしまった。 「あ、あ、あの、気にしないでください。ふつうの平凡のままで大丈夫です!」 「いや、あの、晴斗さんのおすすめBLを教えてください……」  綾瀬は神に助けを求めるように、言葉を濁しながら話題を変えた。 「なら、ウメ先生の『ワンナイトホール』がおすすめです! セフレから始まるスパダリCEO×平凡ノンケリーマン受なのですが、せつなみ溢れてて大好きです。ほかには『ぼんちりでトロトロ』かな? こっちは定番の美形×平凡ですが、王道で安定したストーリーがおすすめです。あ、綾瀬さんは電子派ですか? それとも紙派ですか?」 「……紙派です」 「そうなんですね! 紙いいですよね! 電子だとサイト側によって、tn修正が出版社で違ってきたりで、色々と大変なんですよ~。よく試し読みから目を通して、ちんパトしてから……はっ! あ、いや、その……」  「ちんパト」というパワーワードで、己が口にした言葉がなんなのか分かったらしい。綾瀬はフォローするように調子を合わせた。 「そ、そうなんですね……。すごいです、さすがハルさん、お詳しいですね!」 「ご、ごめんなさい! 根っからのオタクだから引いちゃいましたよね……」  ハルは動揺したのか、あわあわと声が弱ったが、そこがまた一段とかわいい。そんな素直なところが好きだ。ますます天の旋律のように心が踊って惹かれてしまう。  確かに紙と電子の修正が違うなと思った。そこまで詳細に照らし合わせて考えたことはない。やはり神絵師となると、細部までの心配りを忘れていないのか。まことに優秀だ。またひとつ、自分にはない深い魅力を感じてしまい、きゅんと胸が高鳴ってしまう。 「やっぱりハルさんはすごいです。色んなことを知っているハルさんを尊敬します」 「……そんな、尊敬なんて。最近はドムサブとかオメガバなどジャンルが多様ですし、獣人や異世界転生ものだって流行ってますもん。たくさんあって僕もなにがなんだか。あ、そうだ。よかったら一緒にメイト行きませんか? 家が近いですし、その、本屋に寄ってからお茶して解散とか、……しまった、年上設定だった。あ、やばい」  これって犯罪なの? と、やや歯切れが悪いハルの声がしたが、綾瀬は聞いていない。拍子抜けした声が咽喉から飛び出してしまう。 「え? お茶ですか?」 「む、無理ならいいんです! やっぱり……!」 「行きましょう! そうですね、直接会って教えてもらった方が色んな分野の本を手にすることができると思いますし。そうしましょう。時間とかはどうします?」  綾瀬は興奮のままに口走る。ガッツポーズ。うれしい。うれしくてしょうがない。  今日は宝くじでも当たったのか?   どうしよう。  会える! ハルさんに会える!  綾瀬は全身を震えさせながら、喜びに胸が躍った。

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