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一年後の大掃除
毎年恒例、社を挙げての大掃除が済んで、いよいよ長期休暇に入る。退社の時、手塚は羽田から呼び止められた。
「今日は行きたいところがあるんだ」
そう羽田が言い、二人してやってきたのは――
「ここって……」
「ふふ、覚えてる?」
当たり前だ、と手塚は思った。だってこのホテルは……
「一周年だよね」
「はい」
そう、同じ会社に勤めながら別の建物に勤務している二人は、ちょうど一年前の今日、初めて言葉を交わし、酒を酌み交わし、この場所で情を交わした。それ以来、結構な頻度で、している。
「早いもんだよね。あれから何回ぐらいしたかな」
「覚えてないです」
「僕も」
一周年記念日は覚えている二人が、揃いも揃って覚えていないぐらい、したのだ。
「……ねえ、飽きないの?」
早速がっついてくる手塚に、ふふっと笑いながら羽田は尋ねる。
「何にです」
手塚は返事もそこそこに、羽田をきつく抱きしめて、唇を貪った。
「僕の体」
「飽きるわけないです、一年前よりずっと」
「ずっと?」
「……何でもないです」
勢いでとんでもなく小っ恥ずかしいことを口にしかけては、慌てて口を噤んだ。その先こそが聞きたいのになあ、と羽田は思うが、気持ちよくなってきたのでどうでもよくなった。問い詰めて萎えられても興ざめだ。
唇だけでは飽き足らず、羽田のそこかしこを貪りながら、手塚は改めて思う。
顔だけじゃなくって、全部いい。
顔しか知らない頃はあまりの顔の良さに恐れおののいたが、羽田は指を知れば指も、四肢を知れば四肢も、肌を知れば肌も、内部を知れば内部も、全て完璧だった。
つるりと陶器のような白い肌がとりわけ手塚のお気に入りで、すべすべとした大腿はいつ見ても惚れ惚れとするし、ずっと撫で続けていたいと思うほど触り心地もよかった。
そんな完璧な造形に惚れ惚れとすればするほど、自分だけのものにしておきたい、他の誰の目にも触れさせたくないという、分不相応な欲望が膨らんでいく。
挿入を果たせば、羽田の笑顔がそれまでと少し違うものに変わる。完璧に計算し尽くされた試すような笑みが、ほんの少しだけ甘く崩れる。
「羽田さんこそ、どうなんですか」
中をゆっくりとかき回しながら、今度は手塚が訊いた。
「ん? 何が」
「僕のことは、飽きないんですか」
今さら? この状態で? と羽田は思ったけれど、それも手塚らしいか、と答えることにした。
「全然。たくさんするとナカが形を覚えるって言うじゃない、形状記憶的な。すごくフィットしてますますいい具合になってきたんだよね」
涼しげに笑いながら答えてくる羽田を、不審に思う。それって、一つの同じ形状のものが何度も、というケースに限ったことでは、と。
複雑な顔をして考え込んでいると
「今日は僕が動いた方がいい?」
すっかり動きが止まっていたようで、羽田は形勢を逆転させて手塚にしゃがみ込むように跨がる形を取った。
いやらしいことは人並みに、いや人並み以上に好きではあるが、元々経験も少なくシャイな手塚に、この体勢で目の前に剥き出しの結合部を晒されるのは、少々刺激が強すぎる。
「いや、いいです、元通りで」
真っ赤になって目を背ける手塚だったが、羽田からの返事はない。不思議に思って向き直ると、未だ笑顔ではいるものの眉間に皺が寄り、とろんとした瞳は伏し目がちで、長い睫毛が懸命にそれを隠そうとしているように見える。
「羽田さん……」
「これ、すっごく気持ちいいから、このままさせて?」
「……わかりました……」
羽田のトロ顔、そして目の前でぬちぬちといやらしい音を立てている、二人の繋がったところ。
他にもこんな羽田の顔を見て、羽田の秘部を我が物顔でいいようにしている奴がいるのだろうか。
さっきから、気がつけばそんなことばかり考えてしまう。弁えの足りない独占欲が、手塚の中を暴れ回る。こんな綺麗な人を、こんなつまらない自分が独占できるわけないし、してはいけない。頭ではそう思っているのに。
「手塚くんはこの体勢じゃ気持ちよくない?」
「え、あっ」
悲しい気分に脳内を支配されてしまい、気づけばすっかり中折れしてしまっていた。羽田は少しだけ困ったような笑顔になって、もとの体位に戻した。
「すみません違うんです、体勢とか関係なくって、っ」
「じゃあどうしたの?」
「……ちょっと、考えごと……」
「ひどいなあ、僕としてる最中に?」
「すみません……」
不意に羽田の顔が近づいてきて、親指が目尻に沿った。
「……悲しいの?」
手塚の目尻をなぞった羽田の指が、濡れていた。
「あ、いえ、全然! ていうかすみません、こんな中途半端なとこで! 続きしましょうか」
「……うん」
にっこりと笑った羽田だったが、それは再開を喜ぶ笑みではなく、どこか寂しそうであった。
「もう、最中にいきなり泣き出すからどうしようかと思ったよ」
事後、こんなことを言い出す羽田。羽田にはどうにもこういうところがある。流して欲しいことを流してくれない。
「すみませんでした」
「で、どうしたの?」
「本当に何でもないです」
「泣くほどの考えごとしてたのに?」
「……」
答えられるはずがない。目に見えぬ、いるかどうかもわからない不特定多数を相手に、嫉妬の炎を燃やしているだなんて。
「僕といるのが辛くなったら、言ってね」
おもむろに羽田がそんなことを言うので、手塚ははっと顔を上げた。突き放されたように感じた。あまりにもいつまでもくよくよとしているから、いつも上機嫌な羽田の機嫌をついに損ねてしまったのだろうか。
「つっ、辛いって言ったら、どうするんですか……」
さらにこんな面倒臭い質問を投げかけてしまった。もうこの関係がおしまいになってしまうかもしれない。思えば一年もよく付き合ってくれたものだ、なんて一人先走っていると、返ってきたのは信じられない言葉。
「手塚くんが辛いこと全部なくすために、全力で何でもやる」
まだ今夜は訊く勇気がないけれど、いつか、いつか訊いてみよう。
どんな答えが返ってきても、もうきちんと受け止められる気がするから。
僕以外に何人と寝てるんですか、って……ひどい質問だな。
一年前よりずっと、大好きです。誰の目にも触れさせたくないぐらいに。
手塚は口には出さず、羽田に腕枕されて眠った。
【おわり】
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