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第1話
それは水のように澄み切った秋の空が広がる、穏やかな昼下がりのことだった。
スーパーに行こうと部屋を出たら、階段を上ってきた隣人の修介くんと鉢合わせになったので、僕は何の気なしに挨拶をしたのだ。
「あ、久しぶり」
隣の部屋に住んでいるとはいえ、たまにしか見かけない。最後に会ったのは確か初夏ごろだった。
修介くんは僕に挨拶をされ、なぜか目を丸くしていた。まるでこうして会うのは不本意だったとでも言うみたいに。
「あ、はい、最近、会ってなかったですね」
修介くんは焦ったように背後を見たので、僕もそちらを一緒に見れば、ゆっくりと階段を上ってくる人物が目に入った。
その人と目があって言葉がつまる。
かなりの高身長の男で、黒のジャケットにスキニーパンツを履いていて、体の半分以上は足なんじゃないかってくらいにスラッとしている。
顔もかなりのイケメンだ。
黒髪、尖った耳。伊達眼鏡の奥の目はもちろん、鼻や口のバランスが恐ろしく整っている。
僕はこの男に見覚えがあり、パァッと目を見開いた。
あぁ、なんだっけこの人……! 名前なんだっけ?!
イケメンは修介くんの隣に立ち、僕に向かってにこりと笑いかけてきた。その頬には片えくぼができていて、それを見つけた瞬間に喉のつっかえが取れた。
あぁ思い出した!
藤澤 景 だ。
最近映画やドラマに出まくっている、今が旬のイケメン俳優!
あんまり格好いいものだから、じろじろと舐め回すように見てしまった。
「え、あの、ふじ……?」
どうしてそんな有名人と、ごく普通の大学生の修介くんが一緒に? 知り合いなのか?
修介くんは、その彼と僕を交互に見ながらふんわりと笑った。
「あの、実は俺たち、友達で」
するとすぐに、藤澤 景が付け加えるように言った。
「どうも」
低音ボイス。たった三文字だけど、声の出し方というか響き方が普通の人と全然違って聞こえた。
重厚感のある深い響き。例えばそうだな……コントラバスの音色というか、海苔は艶々で具がぎっしり詰まった太巻きというか。
うん、後半はよく分からない例えになってしまった。
藤澤 景にフッと微笑みかけられ、自分の顔に熱がいったのがはっきりと分かった。
わぁぁすごい。格好いい。
好きなバンドのライブには行ったことがあるけど、こんな近距離で有名人を見たことなんて無いし、見つめ返されたのだって初めてだ。
ファンという訳ではないけれど、一瞬でこの人の虜になったような気がした。
「あ、そうなんですか! 僕はアパレルショップで働いている堀込 と言います! では、これで」
恥ずかしさのあまり、早口で言って逃げるように階段を駆け下りた。
うわー、気が動転してなぜか自己紹介をしてしまった。
単なる隣人に勝手に名乗られても困るよなぁ。
自転車に乗って、スーパーに向かいながら思う。
僕は朝陽 くんのことが大好きだし、他の人なんて眼中にない。
朝陽くんだってすごくスタイルが良くて、顔だって最高に格好良いし、あの人に負けてないと思っている。
だけど僕は、醸し出すオーラがあまりにも違いすぎる人を見て動揺し、胸をドキドキと言わせてしまった。
熱くなった顔を冷ますように、自転車のスピードをビュンビュンあげた。
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