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彼の婚約者
黒々とした豊かなストレートヘアを背中に流し、顔が小さくてとても可愛いらしい女性だった。
和真さんはその女性に見向きもしなかった。
「行こうか」
肩を静かに押された。
「和真さん?」
首だけ捻り見上げると、今まで見たことがないくらい怖い表情を浮かべていた。
「なんで無視するのよ」
女性が声を荒げた。
お酒が入っているのか呂律が回らず足元がふらついていた。
「ちょっと香凛 !」
「みっともないから止めて」
友だちと思われる二人の女性が慌てて止めに入った。
「それがフィアンセに対する態度?信じらんない」
人目を憚ることなく大きな声を張り上げた。
「あれ~~」
じろじろと好奇の眼差しを向けられた。
「もしかしてその子、副島が言ってた子?下賎の変な生き物を連れて歩いて困ってるって言ってたけど………本当、女みたいで、気色悪い」
馬鹿にするように鼻で笑われた。
悔しくてズボンの生地をぎゅっと握り締めた。
「遊木 さん、あなたと婚約した覚えは一切ない。それに馴れ馴れしく名前を呼ばないでくれ。行こう四季。相手にするだけ時間の無駄だ」
宥めるように彼の手が静かに重なってきた。
「和真さん」驚いて見上げると、
「俺を名前で呼んでいいのは四季だけだ。ごめんな、嫌な想いばかりさせて」
「昔から女みたいだって言われていたから。気にしてないから、大丈夫です」
和真さんに余計な心配を掛けたくなくて。
わざと明るく振る舞った。
「あっ、そうだ!美味しいメロンパンがあるってきよちゃんが話していたんです」
「じゃあ買いに行こうか?」
和真さんがようやく笑ってくれた。
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