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暗澹

「しーよ。病室を抜け出したの、息子にバレたら怒られるから」 ふふ、といたずらっぽい笑みを浮かべながら、唇の前で人差し指を立てたのは黒田さんだった。 「なにも知らなかった僕に黒田さんはいつも優しくしてくれた。僕、忘れっぽいから、同じことを何回も聞き返した。普通は怒るのに、黒田さんは怒らずはじめから一つずつ丁寧に教えてくれた。何度も助けてもらった。それなのに、会社を辞めるとき、ありがとうが言えなかったから、それがずっと心残りだったんだ」 初瀬川さんの涙が僕にも移ったみたいだった。鼻をずずっと啜りながらもなんとか言葉を紡いだ。 「ありがとうは私の方よ。こんな口喧しいおばちゃん、若い子は誰も近寄って来ないのに。四季くんは違ってた。黒田さん、黒田さんって名前を呼んでくれて、顔をしっちゅう見に来てくれるんだもの。お陰で10歳は若返ったわ。それはそうと、四季くんの方こそ大丈夫だった?」 「はい。和真さんがいつも側にいてくれるから」 傍らに立つ彼を見上げるとにこっと微笑んでくれた。

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