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恩返し
「何かあったんですか?」
彼が常連のお客さんに声を掛けた。
「あ、朝宮さん、なんでこんなところにいるんですか」
「さっきからずっといましたよ」
「えぇ!嘘!いたんですか?全然気付かなかったです」
吃驚し過ぎて声が裏返っていた。
「い、いや、なんでもないです」
慌ててスマホをポケットにしまおうとしたけど、彼の方が行動に移すのが早かった。
スマホの画面を見るなり彼の表情が強張った。
「和真さんどうしたの?」
「朝宮明日花が3日前くらいから行方不明になっていて、警察が公開捜査に踏み切ったみたいだ。父とは絶縁しているし、父の新しい家族とは一回も会ってない……あ、でも、三男とは何回か。会社で擦れ違った程度だが、挨拶しても無視されるから、こっちから話し掛けようとは思わないけど。皮肉だよね、顔を見ても、名前を見ても、なにひとつ感情が沸いてこない。゛兄゛なら心配するのが普通なのに。妹がいなくなって気が狂いそうになるのに。ごめん、何も感じない」
「和真さんは悪くないよ」
腕にすがるようにしがみついた。
「四季くんの言う通りよ」
「朝宮さんは悪くない。な、マスター」
「みんなの言う通りだよ。和真くんは何も悪くない」
櫂さんがコップをふきんで拭きながら二度、三度と大きく頷いた。
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