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恩返し
黒田さんの話しだと初瀬川さんのお兄さんの意識は依然として戻らないみたいだった。免許証入れに遺書ともとれる紙が挟んであった。延命治療の必要なし。尊厳死を望む。仮に脳死と診断された場合、臓器、心臓、眼球すべて移植して欲しい。悪党でも最後くらい元刑事らしく困っているひとを助けたい。心臓移植を待つ子どもたちを助けたい。初瀬川さんのお兄さんは口封じに殺されることを予見していた。
「義之さんの場合、植物状態なんですって。脳幹の機能は残存していて、自力で呼吸しているみたい。まれに回復する可能性があるらしいけど、詳しいことまでは私も分からないの。ごめんなさいね」
「大丈夫です黒田さん。初瀬川さんのお兄さんのことが心配だったから、どんな状態か知ることが出来て良かったです。ありがとうございます」
ぺこりと頭を下げた。
「逃げずにちゃんと自分が犯した罪と向き合え、神様が彼にもう一度チャンスを与えたのかも知れませんね」
「そうね。まなみさんを偲び、今度こそ真人間になれって言っているのかも知れないわね」
その時、カフェにいた常連のお客さんが「マスター」慌てて立ち上がった。
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