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第2話

 ふと目を覚ますと、時計の針は夜の十一時を指していた。  ついうたた寝をしてしまったが、起きてみるとなんだか体が重いし、心なしか熱っぽい。風邪など滅多とひかないが、念のために常備薬を飲もうと自室を出ると、丁度隣の部屋から伊織が出てくるところだった。毎日行う、空のメンテナンスが終わったのだろう。 「それでは、失礼いたします」 「……うん」  挨拶をした伊織の顔に、空が夢心地に見惚れている。それもそのはず、幼いころの儚げな色合いと美しさをそのままに大人となった伊織は、信じられないほどの色気を纏っていた。  病弱である空よりも白く透き通った肌、髪の色と同じ色素の薄い瞳に、長いまつ毛、筋の通った鼻。まるで造り物のような男の視線は、真っ直ぐに弟を見据えている。 「伊織さん……」  空の手は名残惜しそうに伊織の指先を掴んだまま、甘ったるい声を漏らしながら媚びる様に頬を擦り寄せた。 「空様、おやすみなさいませ」  しかし空の手から、伊織の指がするりと抜ける。寂しそうな顔をして宙に手を彷徨わせた空も、やがて諦めたのか腕を下ろし、一度こちらに恨みがましい目を向けた後そっとドアを閉めた。そんな目をしなくたって伊織はお前のモノだと、嫌悪から溜め息が出た。  その音に驚くこともなく、伊織が俺を振り返る。 「大地様」 「イチャつくなら部屋の中でやれよ」 「……何かご入用ですか?」 「アンタに用は無いよ」  そのまま伊織の横を通り過ぎようとして、腕を捕まった。 「なんだよ」 「顔色が良くありません、体調でも崩されたのでは」 「だったら何だよ! ……ッ、」  伊織の手を振り解こうとするが、腕を掴む力は意外に強く……逆に引き寄せられてしまった。  久しぶりに近くで見た伊織の顔。まるで人形の様に出来すぎたその容姿。幼い頃に見つめ合った、あの吸い込まれるような錯覚を起こす瞳……。 「具合が悪いなら、私がメンテナンスを」 「いらないッ!」  今度こそ力一杯拒絶すれば、伊織の手は漸く腕から離れてくれた。 「俺はクランケじゃない、ノーマルだ」 「関係ありません、私はおふたりの」 「ふたり? 違うよ、アンタは『空』のドラッグだ。俺には関係ない!」  伊織に背を向け、そのまま逃げる様に自室に飛び込む。常備薬のことなどもうどうでも良かった。  扉に背を預けたまま、ズルズルと座り込んだ。 「なにが『ふたりの』だよ……俺のことなんて、どうでもいいくせに」  自分で言っておいて、その言葉に自分で傷ついた。目頭が熱くなり、やがてぽろりと雫が溢れ落ちた。  ずっと、側にいるって言ったのに。  ずっと、俺の側にいてくれるって、言ったのに。  八年ぶりに再開した伊織が一番に駆け寄ったのは。待ち焦がれていた、あの綺麗で優しいぬくもりを持つ手が触れたのは。 『空様……!』  側にいると約束した俺ではなく、弟の空のものだった。 『相性ってのが、あるんだって』  満面の笑みでそう言ったのは空だ。 『僕と伊織さん、とっても相性がいいみたいなんだ。僕たちは絶対、番になるべきなんだよ!』  伊織の祖父相手ではイマイチだった空の体調は、担当が伊織になった途端すこぶる良くなった。  相性の良いドラッグとクランケは『番』となる者が多い。ドラッグがクランケに自身の血を飲ませることで番となるが、そうなったらもう、ドラッグは番の病しか治せなくなる。  他の人間を治療しようものなら、嫉妬という病で番の命が危ぶまれるからだ。番とは、結婚よりも遥かに重く尊い繋がり。 『僕、クランケに生まれて良かった! だって、伊織さんを僕のモノにできるんだもの! 兄さんはノーマルで、残念だったね』  そう……ノーマルの俺には、全く関係のない世界。 「嘘つき……」  あんな嘘つき、嫌いだ。心の底から、大嫌いだ。

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