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1話

〝リュー〟  自分をそう呼ぶのは、幼馴染の彼だけだった。父に紹介された年上の彼は茶色い髪に茶色い瞳をしていて、真っすぐにこちらを見つめてきた。子供特有の、なんの穢れも知らないというような、澄んだ眼差しだった。 〝リュー〟  彼は何度もそう呼んだ。それを煩わしそうに振舞った日の事は、よく覚えている。その声を、笑顔を、否――彼自身のすべてを己の前から消し去りたくて、凍てつくような冷たい視線を投げては拒絶した。近づくな、と声に出してあからさまな態度で示したこともあった。だが彼はいつも笑って、懲りずに何度も何度も〝リュー〟と呼び掛けてくる。  この世のすべてから離れたかった。人と関わることが嫌で嫌でたまらなかった。拒絶して拒絶して、だというのに彼は側に寄ってくる。 〝リュー〟  すべてを見透かされているような感覚。それが恐ろしくて、疎ましくて、嫌で嫌でたまらないのに、どうしてだかズルズルと同じ時間を過ごしている。  彼以上に、そんな自分が疎ましかった。  王妃シェリダンの気分転換もかねて、国王アルフレッドが三日間の休暇をセレニエ離宮で過ごした間、当然近衛隊長であるリュシアン・ヴェルリエ元帥は国王夫妻の側で護衛の任についていた。何事もなく穏やかに三日間の休暇を終え無事に城まで帰ったアルフレッドが労いとして離宮に付き従った近衛や女官たちに二日間の休暇を与えると告げ、リュシアンもまた雑務をこなしてから愛馬に跨り早々に城を出ることとなった。  高い位置で一つに束ねられた長く美しい漆黒の髪を靡かせて栗毛の馬に跨るその姿は、威厳のある近衛隊長の隊服と相まっていっそ神秘的ですらある。水晶によって選ばれた男の王妃であるシェリダンも美しい容姿をしているが、リュシアンのそれは彼とはまた種類が異なるだろう。シェリダンが儚げな慈愛と慈悲の神のようであるならば、リュシアンはまさに毅然と頭を上げて指揮する軍神というべきか。  切れ長の瞳に日に焼けぬ白い肌、軍随一の俊敏さを誇るスラリとした体躯のリュシアンを、皆は〝麗しの近衛隊長〟と噂する。だがその見た目からは想像もできぬほどに何事にも妥協を許さない彼を、近衛隊員は〝鬼の近衛隊長〟と陰で呼んだ。それでも皆がリュシアンを慕い、その指示に従うのは彼が理不尽なことをせず、誰よりもリュシアン自身に厳しいことを知っているからだろう。

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