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第1話

揺れる… 揺れる… 揺れる… 微かに聞こえる音楽 それに紛れる人々の声… 此処はどこだ…? 僕は誰だ…? 「ウィル! ウィル! あなた大丈夫? 真っ青なのに汗をかいてる」 「あ、ああ…ブルーム博士…。 大丈夫…こういう場所が苦手なだけで…」 ウィル・グレアムが自分の額に触れると、アラーナ・ブルームが心配そうに紙ナプキンを差し出す。 「ブルーム博士なんてやめて。 私達、友人でしょう?」 「そうだね。 でも職場のパーティだ。 ありがとう」 ウィルがアラーナが差し出した紙ナプキンをぐしゃりと掴み、壁に寄りかかる。 「ウィル、何処かに座った方がいいわ。 だから私は反対したのに。 あなたが現場に出るのはまだ無理よ」 「それは…もう話し合っただろう?」 「ええ。 あなたの保護者とね! ほら来たわ!」 背が高く屈強な男が人波を掻き分けウィルとアラーナの前に現れる。 「ウィル! どうした?」 「別に…」 背が高く屈強な男…ジャック・クロフォードがウィルの頬から首筋にかけて大きな手で触れる。 「熱があるじゃないか! なぜ言わなかった?」 「あなたのパーティをぶち壊せと?」 「そんな事にはならない。 それにこれは君のパーティでもある。 それにこういう事態の為にホテルの部屋を取ってある。 ほら歩けるか?」 ジャックがウィルの肩を抱き、自分に凭れ掛けさせると、ゆっくりと歩き出す。 「一人で行けます。 主賓が二人消える訳にはいかないでしょう? 部屋番号は?」 「俺が君を一人で行かせられないんだ。 主賓が10分消えたって誰も気にせんさ」 「そう…ですね」 ウィルが瞳を閉じる。 長い睫毛が青白い顔に影を作る。 ジャックがウィルを支え、すっとパーティ会場のドアの向こうに消えてゆく。 アラーナが複雑な顔をしてシャンパンフルートに口を付けていると、やはり長身で逞しい身体を優美なスーツに身を包んだ男が話し掛ける。 「ブルーム博士。 彼がウィル・グレアム?」 男の表情同様穏やかな声に、アラーナが微笑む。 「ええ。 今夜あなたを紹介したかったけれど、あの調子じゃもうパーティには戻って来ないでしょうね。 残念です」 「急用かな?」 「いえ。 熱があるみたい」 「心配だね」 「ジャックが付いてますから心配ありませんわ」 「そうだね」 その男、ハンニバル・レクターが微笑んで頷いた。 「んっ…んんっ…」 ウィルがジャックの首に手を回し啄むようなキスをする。 ジャックは一度ぎゅと唇を合わせると、ウィルの脇に手を入れ、ひょいと持ち上げてベッドに座らせた。 「ウィル、キスは熱が下がったら好きなだけしてやる。 今はタキシードを脱いでベッドに横になるんだ」 ウィルが上目遣いでジャックを見ると、渋々とジャケットを脱ぎ始める。 「鎮痛剤は持っているか?」 ウィルが脱ぎ捨てたジャケットを拾いながらジャックがやさしく訊く。 ウィルはブスッとしながら、「勿論」と答えるとタイを後ろ向きに投げた。 即座にジャックがタイをキャッチする。 「ウィル、投げるなら椅子に投げろ。 今、水を持ってきてやるから、それまでにタキシードを脱いで横になっていろ」 「薬なら水はいらない」 「ああ、そうだな。 だがその熱じゃ水分補給が必要だ』 ジャックが寝室から消えると、ウィルは手早くタキシードを脱いで椅子に放り投げていった。 そしてアンダーシャツと下着姿で鎮痛剤を口に放り込み、ガリガリと噛む。 すると目の前に氷が沢山入った水入りのグラスがぬっと現れる。 「ほら、一口飲んで横になれ」 ウィルがグラスを掴む。 グラスは手に張り付きそうな程、冷えている。 ウィルはそっとグラスに唇を付け、ジャックの言う通り一口飲んだ。 「…冷たい」 「美味いか?」 「ええ」 「グラスはベッドサイドに置いておくから。 ほら横になれ」 ウィルがもそもそとシーツの上に横になると、ジャックが目を細めて微笑む。 そしてウィルの首まで毛布を掛けて、ウィルの髪をクシャと撫でると、「パーティはあと一時間もすれば終わる。ぐっすり眠ってろ」と言い残し部屋から出て行った。 ウィルが右向きに横になる。 するとジャックが置いていったグラスが目に入った。 グラスの中の氷がきらきらと光を反射している 欠片一つ一つにきらきらと輝くジャックの愛情。 そしてウィルは『安心して』暗闇に落ちていった。 笑顔でパーティ会場から出て行く人々。 ジャックと行動科学課全員とアラーナで客を見送る。 客達は皆、ジャックや課員とアラーナに賛辞を贈り、ウィルがこの場に居ないことを残念がり、ジャック達は挨拶や握手、ハグに忙しい。 そんなジャックの前にレクター博士が現れる。 「クロフォード捜査官、行動科学課の皆さん、ブルーム博士、素晴らしいパーティでした」 レクター博士から差し出された手をジャックがぎゅっと握り、握手を交わす。 「こちらこそ来て頂いて光栄です、レクター博士。 グレアムは体調が悪くてパーティの途中で抜けてしまって。 ご紹介出来ず申し訳ありません」 「いえいえ。 お大事にとお伝え下さい。 彼には会おうと思えばいつでも会える。 でしょう?」 レクター博士の穏やかな問いに、ジャックが強面を崩し笑顔で答える。 「ええ、勿論です」 「では失礼」 レクター博士が優雅に歩き、出口から出て行く。 そしてチラリと振り返る。 レクター博士とアラーナの目が合う。 アラーナがジャック達に「直ぐに戻るから」と言って、小走りレクター博士の元にゆく。 「なに?」 「なにって?」 「私を見たでしょう?」 「流石アラーナだね。 いやブルーム博士と言うべきか」 アラーナがふふっと笑う。 「アラーナよ。 それで?」 「実は部屋を取ってある。 来てくれるかい?」 「本当!? 素敵ね。 こんな夜は中々無いもの」 「君のドレス姿は貴重だ。 美しい。 部屋番号は2021のセミスイートだ」 「分かった。 30分もすれば行けるわ」 「待ってるよ」 「ええ!」 アラーナが頬を紅潮させて振り返り、バーティ会場へと戻って行く。 レクター博士はバーティ会場の出口からは見えない方角に歩き出すと、エレベーターに向かった。 ウィルが舌を波打つ様に使って茎を根元から先へと舐める。 そしてウィルの小さな口では到底入りきれない硬く育ったものを懸命に吸う。 瞳を閉じてシャワーの水滴に打たれながら行為に没頭しているウィルは、今日はジャックが無精髭を剃ってやったせいか、いつにも増して可憐で美しい。 ウィルがジャクの雄の根元を扱きながら、うっとりと「ジャク…僕の顔にかけて下さい…」と囁く。 ジャックの意志とは無関係に雄がドクンと脈打つ。 「ほら…ジャックもそうしたいんでしょう…?」 ウィルがジャクの雄の先端をペロペロと舐めながら上目遣いでジャックを見る。 ウィルの細い喉元で揺れる金色の十字架のネックレスが、水滴を受けて輝き、揺れている。 ジャックはありったけの理性を掻き集め、「ウィル、冗談は止せ。熱があるお前とシャワーを浴びてるだけでも罪悪感で一杯なんだぞ」と掠れた声で答える。 「熱なら下がった。 罪悪感と欲望は表裏一体だ。 ねえ…ジャック…お願いです…」 ウィルが根元を扱いていた指先を、カリへと滑らせ扱き出す。 「ああ…ジャックの…欲しい…かけて…お願いだから…」 ウィルが指を休めずにジャック自身の先端をチュパチュパと音を立てて吸う。 その時。 ジャックとウィルの視線が合った。 そしてジャックはウィルの顔に白濁を放った。 「こんな朝早くから何を見てるの?」 アラーナがガウンを羽織り、窓辺に立つレクター博士の元に行く。 レクター博士はアラーナの肩に手を掛けて抱き寄せると、額にキスをし、「鳥を見ていたんだ」とやさしく答える。 「鳥?」 「そうだ。 このホテルはコの字型に建っているだろう? この下の中庭に珍しい鳥が来ると聞いたんだ。 だから双眼鏡を持って来た。 君も見るかい?」 レクター博士がアラーナに小型の双眼鏡を振ってみせる。 アラーナがレクター博士の頬にキスをして、「私、鳥には詳しくないの。遠慮しとくわ。朝食はどうする?」と言ってバスルームに向かう。 「ジャックがここからすぐ近くにある絶品のクロワッサンと卵料理を出すカフェを教えてくれた。 そこにしないか?」 「素敵! そうしましょう!」 アラーナが嬉しそうに言って、バスルームのドアが閉まった。 ウィルが目を覚ますと、きちんとスーツを着たジャックが新聞を読みながらコーヒーを飲んでいた。 ジャックがさっと立ち上がり、ボンヤリした顔のウィルの頭の天辺にキスをする。 「起きたか? 昨夜は無理をさせた。 すまなかった」 ウィルが儚く微笑む。 「なぜ謝るんです? 仕掛けたのは僕だ」 ジャックがウィルの鼻を指先で弾くとフフッと笑う。 「そうだよ、この小悪魔が。 バスルームで俺に火をつけた。 そして俺は理性が切れてお前を二度も抱いてしまった。 お前が熱を出していたことも忘れて」 ウィルがベッドから下り、裸足のままスタスタとバスルームに向かう。 「でも最後に泡のバスに入れて身体を洗ってくれた。 どうやってベッドに戻ったかは覚えて無いけど」 「眠ってしまったからな。 お前一人くらいなんてことないさ。 軽すぎる位だ。 食事をちゃんと取ってるのか?」 「まあ…」 「お前の『まあ』は食べていないってことだな。 朝食は美味いカフェがあるからそこで済まそう」 ウィルが「はいはい、分かりました」と言って笑った。 ジャックとウィルが並んで笑いながらカフェに入ると、「ジャック!まあウィルも!凄い偶然ね」と言いながらアラーナが椅子から立ち上がる。 ジャックがウィルの細い肩をがっしりと掴み、「おはようございます。ブルーム博士」と言ってアラーナの居るテーブルに歩み寄る。 ウィルは逃げそびれたと思いながらも何とか笑顔を作る。 「おはよう、ア…ブルーム博士」 「おはよう、ウィル。 調子はどう?」 「熱なら下がった」 アラーナがにっこり笑う。 「良かった! そうだわ、今レクター博士と一緒なの」 アラーナの前に座る、一部の隙きも無いスーツを着こなしたレクター博士が優雅に立ち上がる。 「おはよう、ジャック。 初めましてグレアムさん。 ハンニバル・レクターです。 昨夜はお会い出来なくて残念でした」 レクター博士が右手を差し出す。 穏やかな笑みと共に。 ウィルの頭がズキッと痛む。 ウィルは思わず右手で頭から額を覆った。 ふらつくウィルをジャックがしっかりと支える。 「ウィル、頭痛か?」 「ええ…薬が飲みたい」 「分かった。 朝食はテイクアウトにしてもらう。 車に戻って薬を飲んでろ。 一人で歩けるか?」 ウィルが「歩けます」とジャックに答え、誰に言うともなく「すみません」と言ってゆっくりと出口に向かう。 アラーナが「残念ね。一緒に朝食を取りたかったわ」と言いながらも心配そうにウィルの後姿を見送る。 ジャックが差し出されたままのレクター博士の右手を掴んで握手し、「レクター博士。失礼しました。ウィルの頭痛は本当に酷くて」と申し訳なさそうに告げると、「失礼」と言って右手を離し、カウンターに向かい注文を始める。 アラーナがレクター博士に微笑む。 「私達は食事を続けましょう」 「ああ、そうだね」 レクター博士も微笑み二人は席に着く。 レクター博士は一口コーヒーを飲むと言った。 「やはり彼には私の治療が必要だ」

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