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1.アオハルくんとカマトトちゃん
僕の好きな彼は、青春を謳うJPOPに登場するような、典型的な爽やかくんである。おおらかで、解放的で大胆で、なのにどこかデリケート。短く刈った黒髪がいかにもスポーツマンらしく、身体も結構鍛えている。ここまで聞けば女子からとてもモテそうであるけれど、彼って恥ずかしがりやで女子と話すのが苦手だから、女子に対しては少しだけぶっきらぼう。だから彼のこと、大体の女子達は『お子様』といって相手にしないのだ。
でも僕は知っている。彼は物事を一歩引いて見られる人間だ。人にも動物にも優しく思いやりがあって、学校内に蔓延る諸悪を許さない正義の味方だ。自分の不利益も省みないで、僕のような弱者(笑)を救ってくれる、僕がこの世で初めて出会ったスーパーヒーローだ。
「水谷(みずや)、ほら、いい子だナァ?」
「なにするの、君達ちょっと恐いよ」
「恐くて当然。これから俺らは、ひょろっちくてなよなよしたお前を本当の女の子にしてやるんだから」
「僕、男だよ」
「あぁ、お子様な水谷ちゃんには難しかったか? でもまあ、解からないままでいた方が幸せだろうよ、っと!」
「ぅわっ」
昼休みに、クラスメートの乱暴者達に男子トイレに呼び出されて、僕『水谷 栞(みずや しおり)』は制服シャツのボタンを左右に引き裂かれる。上半身が露出して、そのまま三人の内一番大柄な一人に背後の壁に身体を押し付けられる。困惑したような目の色で、猫のそれのようだと良く言われる大きな両目で、僕はパチクリとその大きなクラスメートを見返す。
「何? 肩、強く掴まないで。痛いよ、」
「本当に水谷って無知なんだな、ここまで脱がされて押し付けられてもわかんねえの?」
「君達、僕に暴力を振るつもりなんだろ? あとで問題になるよ」
「暴力って言っても、人に言えないようなこと、お前はこれからされるんだっつうの」
ニヤニヤと下品な視線が僕の胸元に降りてくる。そのまま僕の肌にちゅ、と口付けて、乱暴するにしては優しく、その男子達は僕を扱った。淡い茶髪に華奢な体、人形のように整った顔の小動物のような僕が、しかし恐怖で震えるようなことはなかった。なぜなら……、
「あっ……くすぐったいってば」「お前ら、何してんだ!!」
と、そこに現れたのは正義のヒーロー。暴漢たちが顔を上げ、『げっ』とめんどくさそうに眉を潜める。
「杉田じゃねーか、お前今日は部活のミーティングって、」
「そんなのとっくに終わらせたっつうの。それよりお前ら、水谷に何してんだ」
「何って……いうか、だってこいつがいつも俺たちを、挑発するような目で見てくるから」
「いいわけ無用! 俺の友達に手ぇ出す奴は、全員ぶっ飛ばす!!」
「うおっ!? いってぇえ!!?」
ドカッバキッ! 漫画みたいに杉田くんは、僕を襲っていた暴漢達を退治してくれる。僕はひとつ溜め息を付いて、それから潤んだ瞳を作っては、暴漢達をさっさとトイレから退散させた杉田くんをジッと見つめる。
「杉田くん、ありがとう」
「いいって、友達なんだから当たり前だ。それより……ああいう危ない奴等に呼び出されて、ホイホイ付いていったら駄目だって言っただろ?」
「うーん、でも僕、まさか彼等が僕に暴力するなんて思ってもみなくて」
「乱暴、の間違いじゃねーの」
「え?」
「いや、なんでもない。無事で良かったよ、お前はホントよわっちいからな」
「あっ、失礼だな杉田くんまで」
そこまで冗談を言い合って、クスクスと笑いあう中で杉田くんが僕のボタンを留め直してくれる。全て留めなおし終えると満足気に『よし』といっては仕上げに僕の猫毛を撫でてくれる。それが気持ちよくて、僕は少しだけ目を細める。甘えるように杉田くんの手に擦り寄る。と、慌てた杉田くんが『わ』と言ってその手を引っ込めてしまった。
「その、わりぃ。子供扱いしたな」
「良いよ。僕、杉田くんに触られるの気持ち良いもん」
「きもちっっ!!?」
声を裏返して杉田くんが慌てるから僕は可笑しくなる。杉田くんの背中を押して『そんなことより』とトイレから退出する。
「ミーティング終わったんだよね? だったら一緒にお弁当食べよう」
「お、そうだな……そうするか」
そう、このように日々、杉田くんは僕のスーパーヒーローなのである。
***
そんなある日の夕刻。放課後のことであった。杉田くんが女子に呼び出されたのだ。この学校の女子には見る目がない、とそう思っていた時期が僕にもあった。この学校の女子に男を見る目なんて必要ない。そう思っていたのに。
「杉田くん、」
女子が苦手な杉田くんに付き添いを頼まれて、僕は校舎の裏庭の物影から、そのおとなしめ女子の大告白をそっと覗いてジッと猫目を光らせる。ツインテールの同級生は、もじもじと少し口ごもって、俯いて顔を上げて、やっとのことでその台詞を言う。
「好きです、私と付き合ってください!」
「っっ!!」
杉田くんはその健康的な肌を真っ赤にして息を飲む。彼なりに、誠実に考える。だって彼女は杉田くんには馴染みのない女子だ。杉田くんは彼女のことを良く知らないのだ。だから当然の結果だった。
「その……時間、くれねえ? 考えさせてくれ」
その女子は大人しくて清純で、可愛らしくて背も僕と同じくらい小さくて、いかにも男子の気を引きそうな女子だったから! これは仕方の無いことだ!! だけれども!!!
「……水谷、どうしよう俺」
女の子を置いて小走りで僕の元へやってきた杉田くんは、今も猶顔を真っ赤にして、腕っ節で口元を抑えて照れに照れている。
「俺な、告白とかされたの初めてで。あの子、確かに可愛いけど俺、良く知らねえし、だから」
「杉田くん」
ニコリと微笑んで、僕の頬笑みに杉田くんがハッとしたのに満足する。杉田くんはすぐに僕にぽうっとなる。
「先に行ってて。フォローは僕がしておくから」
「水谷、」
「ね、いいよね?」
「お、おう」
トロンとした目で杉田くんは、校舎の中へと帰っていった。そうして僕はおもむろに、裏庭で立ち尽くしているツインテールに後ろから歩み寄る。そっと肩を叩いて振り向かせ、ギクッとした様子の女子にニコッと笑いかける。
「っ水谷くん」
「杉田くんに告白したの?」
「え、聞いてた……の」
「ねえ杉田くんってさ、優しいからはっきりは言えなかったと思うんだけど」
「……」
「僕、杉田くんとそういう仲なんだ」
「えっ」
「二人は相思相愛で、女の子の入る隙なんかないんだよ? だから、」
そっと彼女の耳元に、桜色の唇を寄せて僕は、
「邪 魔 し な い で よ ね」
そう言ってはクスッと笑って、校舎の中に戻っていった杉田くんの背中を追って走りだしたのであった。
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