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2.カマトトちゃんと秘密の部活動

 あれから杉田くんはいつも女子達の噂話の中心で、好機の目に晒されてはそう原因がわからずに困惑している。彼に告白してきたツインテールにも、『この前の、なかったことにしてください』と突き放されて困惑している。でもそれでいいのだ。だって杉田くんは僕のモノなのだから。それなのに杉田くんは落ち込んでいる。あの女子に逆に振られたことがショックだったらしい。なぜ? だって杉田くん。君には僕がいるじゃないか、それなのになぜ??? 疑問は払拭されないからイライラする。僕の所属する文芸部と言う名の漫研で、金髪女子のボーカロイドのコスプレをしたまま漫研仲間の頭を踏みつける。 「ああ、ムカつくなぁ」 「ありがとうございます!!」 「ほんと、お前らもあの女も、全部全部が気に食わない」 「ハァハァ、栞きゅんは今日も女王みがありますな!!」 「煩いな、僕は女王って言うよりお姫様だろ、シネ」 「ありがとうございます!!」  スカートから覗く僕の生脚と女物の下着を下からじっくり目に焼き付けるべく、漫研の変態共は僕のニーハイソックスに順番に踏みつけられていく。 「杉田くん……いつになったら僕の気持ちに気付いてくれるんだろう。ほら、次、」 「栞きゅーん! ハァハァ、俺ももう一度! もう一回その脚で踏みつけて、おパンツを!!」 「うっさいな、順番守れよグズ!!」  と、声をあげた所で漫研の扉がノックされる。ハッとして変態共から足を引いて、僕はしかし女装姿のままで『まあ化粧もしてるしウィッグも被ってるし、誰だか知らないけどわかんないだろ』と高を括って椅子に座ったままでいた。それが悪かった。 「すみません、水谷居ますか?」  漫研の独特の雰囲気にオドオドとしながら扉を開けたのは、こんな場所には本来くるはずもない爽やかスポーツ少年の杉田くんであったのだ。バッと僕は立ち上がって、目を見張って周りを見渡す。即ち『僕が漫研だって、ばらした奴は誰だ』と言う視線にメンバー皆が首を逸らしていく。本当に、どいつの仕業だ!? 思ってぶるぶる震えていると、女装をして可愛らしい女の子みたいになった僕に、そうこの僕にすぐに気がついた杉田くんが『あっ』と声をあげ、僕に一瞬見惚れてから目を逸らして頭に手をやる。 「あ、お、おう水谷……悪いな、部活中だったよな」 「杉田くん! 違うんだって、これは漫研の皆に頼まれて仕方なく!!」 「い、良いんだ水谷。別に俺、そう言う趣味も気にしないから……一緒に帰ろうかって誘いにきたんだけど、い、忙しそうだからまた今度な」 「杉田くん、待って!!」  ブルブル震えて顔を青ざめさせたまま、こんな格好だから部室から出ていった彼を追うことも出来ない僕は立ちつくす。見られた。僕の変態趣味。女装した姿。グズ共を踏みつけていたことにはさすがに気付いていないだろうけれど、とにかく見られてしまった。 (どうしよう、どうしよう杉田くんに嫌われちゃう!!)  焦って素早くコスチュームを脱ぎ始めた僕に、漫研メンバーが『うおお!』と見当違いに声をあげる。それを無視して僕は制服を着直して、男の子の様相に戻っては急いで帰路を行った杉田くんを追いかけ走りだす。後ろから『栞きゅーん!』との声が煩いが、それも気にならなかった。 ***  結局足の遅い僕が、彼に追い付いたのは彼の自宅一軒屋の前であった。はぁ、はぁ、と息を切らして涙目の僕に、スポーツバッグを背負った杉田くんはギクッと肩を強張らせてでも、何とか平常心を取り繕って優しく声をかけてくれる。 「水谷、急いできたのか? 別に、俺のことなんか気にしなくても良かったのに」 「そんなことないよ! だって僕、杉田くんが一番なんだもん!!」 「水谷、」 「ねえ、言い訳させて? 部屋に上がっていっても良いかな」 「えっ」 「それとも……僕のこと、もう気持ち悪くなっちゃった?」 「そんなこと! 良いぜ、上がってけよ」  小動物のように首を傾げてお願いすると、またドキドキし始めたらしい杉田くんがそれを快諾してくれる。初めて上がった杉田くんの家は、杉田くんの部屋はスポーツマンらしく記念写真や額などが沢山でポスターも張ってあって、『ああ、男の子の部屋だ』と僕は自分のそれとの落差にドキドキした。『ちょっと待っててな』といって杉田くんは一階に降りていって……両親は留守らしい。少ししたらお盆に麦茶を乗せて、僕が待つ彼の部屋に舞い戻ってきた 「お待たせ、水谷喉渇いたろ?」 「ありがとう、」  本当に、柄にもなく猛ダッシュしたから喉がカラカラだった。曖昧に笑って杉田くんから麦茶のコップを受け取って、僕はそれを一気に飲み干す。その僕の細く白い喉元に、杉田くんが釘付けになっていた。コップを部屋の真ん中の小テーブルに置いては、僕はじっとそれを掴んだままで杉田くんを見上げる。 「その、本当にね、あの格好は皆に頼まれて、仕方なくしてただけなんだ」 「あ、ああ……あの格好。なんか、アニメのキャラのコスプレか?」 「うん、厳密に言うとアニメではないんだけど、そんな感じだよ。あの格好したら、皆が凄く喜んでくれるんだ」 「確かに……マジで可愛かったよ」 「えっ」 「あっ、いや何でも!!」  マジで可愛かった。と、杉田くんがそう言った。僕の女装姿に見惚れた杉田くんが、声に出して僕をかわいいと言った。嬉しかった。だから僕は思い上がる。僕の斜め前に座った杉田くんの、カーペットに付いた手をそっと握る。杉田くんはやっぱりギクッとする。 「杉田くん、僕のこと、かわいいって思うの?」 「いや、その……」 「杉田くん、あの子に振られて落ち込んでたから、ね……あの子のことが気になってるんだって僕」 「あっ、それとこれとは別問題っていうか!! だって水谷は特別で、」 「僕、トクベツ?」  するっと杉田くんの肩に寄り添って、コテンと頭を彼の肩に乗せる。杉田くんが唾を飲みこむ。ごくん。桃色の雰囲気が彼の部屋に漂い始める。すり、と彼の肩に頭を擦りつける。 「ねえ僕のこと、僕との噂のことも、気持ち悪くないの?」 「水谷との噂?」 「僕と杉田くんがデキてるって噂、」 「あっ! そういうことか!! そんであいつら……、」 「僕はね、少しだけ嬉しかった」 「えっ」 「杉田くんには迷惑だって分かってる。でも僕、だって杉田くんのこと、」  目と目が合う。杉田くんは最早真っ赤だ。ドクドクと彼の心音が高まるのも聞こえる。杉田くん、格好いい。僕達、きっと両想いなんだ。思って僕はそっと目を瞑る。彼からの『   』を待つ。 「……」 「……」 「……」 「……あ、」 「『あ』?」 「あっはは! なんかこの部屋あっちーな水谷!?」  パチリと大きな両目を開ける。杉田くんは真っ赤な顔ででも爽やかに声をあげて立ち上がって、ベッド脇にあった冷房のリモコンを取りにいってしまう。まだ五月なのに電源をいれて、すぐさま冷房の前に立っては冷風を浴びて、手の平で更に自身を扇ぐ。その後姿は……後ろから見える耳はまだ真っ赤であったから、僕は不満げに、 「もう、意気地無し」 「えっ、何!?」  そう呟いては、本当に意気地のない杉田くんを驚かせたものであった。

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