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3.漫研メンバーの策略その①
僕の好きな彼は、本当に色恋沙汰に意気地がない。名を『杉田 泉(すぎた いずみ)』くんといって、野球部所属のバリバリのスポーツ少年の彼。そんな彼がグラウンドで部活動のランニングをしているのを放課後の教室窓から、小動物めいた美少年の僕『水谷 栞(みずや しおり)』は眺めている。
「はぁ、杉田くん……」
そう溜息を付いて杉田くんの名前を呼んで思い返す。かの日漫研で(金髪ボーカロイドの)コスプレをしている姿を見られて、焦った杉田くんに逃げられて追いかけていった彼の部屋。杉田くんは、手を握った僕にドキドキしていた。それはもうはち切れんばかりに心音を高鳴らせて、僕の可愛さに一直線な雰囲気だった。だというのに……、
『……あ、』 『『あ』?』 『あっはは! なんかこの部屋あっちーな水谷!?』
そういって、恋に奥手な杉田くんは冷房のリモコンを取りに立ち上がってしまったのであった。更には僕が思わず呟いた『意気地無し』の声に驚いて、僕が何ていったのかさえ曖昧(まさか僕がそんなことを言うはずがないと思っているのだろう)なまま、杉田くんは麦茶のおかわりを淹れに一階へと降りていった。
「しーおりきゅん!」
「んっ? あ、お前ら……部室の外では話しかけないでって言ってるだろ」
「あっはは、申し訳ない。でも栞きゅん、今は他に誰もいないから良いんじゃないかい?」
「……はあ、仕方ないな。何か用? 僕、忙しいんだけど」
そんな憂いを帯びた美少年(二回目)の僕に話しかけてきたのは、漫研仲間のオタク達三人組で、言った通りいつもは僕に、関わらないように言ってあるのだ。しかし確かにこんな時間に教室にいる生徒は珍しく、僕等以外に人気は無いから彼等の話を聞いてやる事にする。彼等はオタク特有のボソボソした声で、ニヤニヤと笑って(愛想を出しているつもりなのだ、彼等的には)僕に進言する。
「栞きゅんは、ズバリ杉田氏のことが好きなんですな?」
「そうだけど」
「そうしてこの前我らの根城で杉田氏に、コスプレ姿を見られてしまったと」
「だから! それがどうしたんだよ!?」
「ズバリあの後ソッコーで杉田氏を追いかけて、どうなったんですかね?」
「む、」
今それを思っていた所なのだ。こいつらは杉田くんと違って、僕の心理に聡いのだ。桜色の唇を尖らせて、僕は拗ねたように呟く。
「それは……コスプレのことは全部お前らのせいにして、誤解がとけて良い感じにはなったんだけど」
「だけど?」
「もうっっ! 杉田くんってばね、お前ら!!」
そうして事の成り行きを説明する。僕が僕の可愛さを全開にして彼を誘惑したこと。杉田くんが『かわいい』って言ってくれたこと。キス待ち顔までみせたこと。それらを聞く際オタク共は随分興奮して『小悪魔誘い受けキター!!』などと廊下にまで響きそうな声をあげていたが、そんなことはどうでもいい。
「ほんっと、杉田くんって奥手すぎると思わない!? もっと過激なシチュエーションが必要なのかな!?」
「ふっふっふ、そうですなー。栞きゅんは我等が杉田氏に漫研のことを教えたの、怒っていましたがそれもこんな時のためですぞ」
「『こんな時のため』って?」
「今日は我等が漫研に、テトちゃんのコスプレ衣装が届いているんですねこれが。それを栞きゅんには着てもらって……我等が無理矢理着せてるってことになってるんだよね?」
「そうだよ。僕は優しいから、お前らのために着てるってことになってる」
「だったらそこから乱交……ハァハァ栞きゅんと乱交……、そう乱交に発展したってことにしましょうぞ!?」
「ハァ? 頭腐ってんのかお前ら、誰がお前らみたいなのと乱交なんか、」
「だから、フリですよフリ栞きゅん! 衣装をちょっと乱れさせて、我等は下半身丸出しになんかなったりして、そこに杉田氏を呼んで助けてもらうっつー寸法で!」
「そう言うシチュエーションは、前にもまああったって言えばあったんだけど……?」
「そこはより『性欲』をビリビリに感じられるように、我等も演技を怠らないですから栞きゅん!!」
窓際に座っていたところ、机の上の手を同級生の漫研部長(メガネ)にガシっと握られる。鼻息の荒い男がずいっと顔を近づけてきて暑苦しいからいやな顔をする。
「我等と一緒に、これから『乱交ごっこ』! やりましょうぞ!!?」
「『ごっこ』ねえ……」
確かに、杉田くんから女子達を遠ざけることには成功したけれど、このままではやっぱりしっとりオトモダチ止まりであるのだ。二人の関係をぶっ壊して再構築するには、劇薬という物が必要と言えば必要だ。だけれどもこいつらを、本当に信用していいのだろうか? といってもまあこいつら、僕の信者だし……まあやってくれるっていえばやってくれるのかも知れないな。そう思った。
「わかったよ。とりあえず漫研行って、僕はテトちゃんの衣装に着替えれば良いんだよね?」
「うおおおおおやっりいいいいい!!」
「ちょっと、あくまでフリなんだから、勘違いすんなよ!?」
「ハァハァ、わかってますともハァハァ!!」
頬を染めて僕を見て、じゅるりと涎でも垂らしそうにしている三名のオタクに僕は、嫌な予感を禁じえなかった。でも、それもこれもすべて、僕が杉田くんと結ばれるがため、我侭は言っていられない。
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