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11.ボクから伝える『言葉』(終)

 その少し前。野球部のお好み屋台付近でのこと。 「水谷が噂の根源だって? あーそれは俺達も聞いたことあるけど、」 「マジかよ……」 「でも杉田、お前言っても水谷にメロメロなんだろ? 俺達は応援してるぜ」 「なっ! いや、俺がそうでも、水谷がそうとは限らないだろ……だって水谷は、」 「もんのすごいカマトトちゃんだよなー水谷ってww」 「!!」 「あれっ、何だその顔。気がついてて付き合ってたんじゃねーの? マジでかよw」 「お、お前ら……水谷のこと何だと思ってんだよ」 「でもまー、可愛いもんじゃねーか。お前の気を引きたくてやってんだろアレ? ってあれ、これって杉田に言っても良いモンなのかな? 水谷ちゃんに俺、後でシメられる???」  そう言ってふざける野球部部員に周りは『アハハ』と気楽に笑っている。一方の杉田くんは、『もんのすごいカマトトちゃん』? 『お前の気を引きたくて』??? とわなわな震えている。本当に、本当にそうなのだろうか。杉田くんも考える。最早涙目で純情青春少年は、部活仲間に問う。 「……本当に、水谷って俺のこと好きなのかな。おれ、今までずっとからかわれて……」 「ん? なんだよ、お前はそう思うのか? 確かに女子はしきりにそうやって噂してるけどさぁ、でも、」 「俺、水谷探してくる!!」 「あっ、おい!?」  駆けだした杉田くんは、さっき前述した通り僕を探してクラスに顔を出して、僕が宣伝係を任されているのを聞いてまた、校内を探して歩き出したのであった。 ***  この通り、学校中の皆は本当は、僕等の真実に気がついていたのだ。僕が超絶カマトトぶっていること。杉田くんが僕にメロメロなこと。一部の悪意ある女子達や、阿呆な不良達以外は大体僕等の関係に気がついて、その上で微笑ましく見守っていてくれたのである。そのことに、自分のことで精一杯の僕も杉田くんもまだ気がついていない。僕はきぐるみで子供達の相手をして、杉田くんは急に軽音部の助っ人を頼まれて僕のことでヤキモキしながら体育館でリハーサルをして、そうして昼の休みに僕は、クラスの男子から杉田くんの今日の予定を聞きだした。 「えっ、杉田くんライブするの!?」 「おー、なんか軽音部のボーカルが喉潰して、出られなくなったんだって」 「へえ……見てみたいなぁ」 「あはは、でも水谷。お前は今日は一日中きぐるみだろ?」 「むっ。良いじゃないか、体育館に行けばきっと、人も沢山いるし宣伝になるよ」 「ふふん、お前ってホント杉田にべったりだよなぁ」 「なんだよ、なんか文句ある?」 「いや、ただ……いい加減ちゃんとくっつけば良いのにな、って」 「えっ!?」  クラスの男子の意外な言葉に、きぐるみの頭を脱いだ姿の僕はギョッとする。こうしてクラスの男子と談笑することも珍しいから、一般人の意見を聞くのも久しぶりだし吃驚する。 「で、でも杉田くん……だって杉田くんがハッキリしないんだもん」  いつもカマトトぶって演技じみている美少年の僕が、俄かに純情な部分を見せてもじもじするのに、話し相手の男子がドキッとしていることに、今ばかりは僕だって気が付かない。僕は、僕はだってかわいいのだ。思わずといった感じにその男子は僕の頭をポンポンと叩いて、それから苦笑いして僕に言う。 「杉田がハッキリしないなら、水谷からハッキリさせたら良いんじゃねーの?」 「えっ」 「水谷、お前から言えば?」 「えっっ」  その発想はなかった。僕から杉田くんに伝える? でもそれじゃあ僕のプライドが……と考えかけてやめる。そうか、僕、僕ずっと杉田くんの『大事な言葉』を待っていたけれど、ぼくからその『大事な言葉』を伝えれば、きっと杉田くんもきっと答えてくれるのだ。何を今まで偉そうに待つばかりだったのだろう。杉田くんはそこいらの男子と違う。僕がからかって遊んだ男子とは別格の、キラキラの青春少年なのだ。杉田くんが僕をものにするのではない。僕が杉田くんをものにすれば良いのだ。 「僕、やっぱりライブ見にいく」 「ま、委員長に見つからないようにな」 「……ありがと、」  上目でクラスメートを見てははにかんで、その可憐な表情でズッキュン! とその男子を射抜いたことを、やっぱり今は杉田くんしか見えていない僕は気がつかなかった。 ***  ライブ会場の体育館では既に演奏が始まっていて、きぐるみを頭から被りなおした僕が会場に入るとちょうど、杉田くんがTシャツに制服ズボン姿でマイクを握って、今はやりのJPOPを歌い出した所であった。杉田くんは歌も上手い。何でもそつなくこなすスポーツ少年で、でもちょっとデリケートでウブで青春な杉田くんに、会場中が歓声を上げる。人ごみの中『えっ、きぐるみ!?』なんて驚かれながらも前列の方に無理矢理進む中、女子達の声がかすかにヒソヒソ聞こえた。 『やっぱり杉田くん、格好いいね』 『アレでホモなんだもんなー、勿体無い』 『水谷くんでしょ? なーんかやな感じだよね』 『ねえ本当に、杉田くんって水谷くんと付き合ってるのかな?』 『全然釣りあわないよね。だって水谷くん、顔は可愛いけど性格悪いし、言っても漫研のオタクでしょ?』  僕の噂も、女子達から悪意を向けられていることも知っている。だからそう言う言葉は全然気にならない。性格が悪いのも本当だし、漫研所属のオタク野郎なことだって本当だし……だから僕は、本当はそう、杉田くんみたいなキラキラとは釣りあわないんだ。そんなことは分かっていた。だから演技で身を固めていたのだ。一曲目が終わって、杉田くんが観客に声をかけると『キャー』『わー』と声が上がる。杉田くんが軽いMCをこなす中、やっと最前列にたどり着いたきぐるみの僕に、その言葉が聞こえる。 『ねえ今からでも、アタシ達で杉田くん奪っちゃおうか』 「っっだめーーーーー!!」  ビクッ! と観客全体が驚いて揺らぐ。最前列のきぐるみが、急にそうやって声をあげたからMC中だった杉田くんも驚いて言葉を止めて、目を丸めてこっちを見ている。僕は最前列から、ダダダっと舞台にかけ上がる。きぐるみ姿だから杉田くんは一瞬戸惑って、しかしクラスメートから聞いた情報と、僕の声でもって僕のことをやっと認識する。マイクをスタンドに置いてはおろおろして、僕のきぐるみを見ては、 「水谷……だよな? きゅ、急にどうした?」 「杉田くんっっ!!」  そう声をかけてくれたから、僕はズボッときぐるみの頭部分を脱ぎ捨てる。僕の美少年が姿を現すと、観客がよりざわついて面白がる。だって僕達、ホモカップルと噂の二人なのだ。それが舞台で二人で向かい合っているのだ。何かが起こると誰もが思っていた。僕はいろんな悪意に晒されて、気にならないとか解かってたとかいう殻を被った内心とは裏腹にボロボロ涙を流している。僕が泣いているから杉田くんはハッとして、人目も憚らずに僕の頬を拭ってくれた。 「どうした、どうして泣いて……、」 「マイク、借りるね」 「えっ、あ、えっ!?」  涙を拭ってくれた杉田くんに少し笑って、それからマイクをスタンドから取ってはスウッと息を吸って、僕は観客達に向かってマイク越しに叫ぶ。 「お前らぁっ! 特に女子!! 杉田くんは僕と相思相愛なんだから、邪魔しないでって言っただろうがぁ!!」 「えっっ!!?」  僕の本音に杉田くんが声を上げて、なおもオロオロする。観客がざわついて、面白がって指笛なんかを鳴らす男子たちと、やっぱり水谷くんは性格が悪いとヒソヒソ悪口を言う女子達が交錯する。でもそんなことももうお構い無しだ。僕は次にはマイクを持ったまま涙目のまま、杉田くんを向いてはやっぱり叫ぶ。 「杉田くん僕、キミのことが好きだ! ホモって言われてもそれでも好きなんだもん!! だからどの女子にもとられたくないよ!!」 「えっ、あっ、み、水谷落ち着けって……あの、とりあえずほら、人目が、な???」 「人目なんか気にしてたら取られちゃうもん! 杉田くんには迷惑かも知れないけど、それでも僕、どうしても杉田くんが好き!!」 「水谷……」  色んな感情と思い出が二人の間に行き交う。特に杉田くんの中から、『俺は水谷にからかわれて』という疑念がスッパリ消えていく。はぁ、はぁ、と叫んで息切れしたきぐるみ姿の僕を、杉田くんが不意にぎゅっと抱きしめると、会場が『わっ』と沸いた。 「俺も、俺もお前が好きだよ。だから……、」  やっとくれた『大事な言葉』。それに感極まって『ふえっ』と僕が涙声になっているのを尻目、杉田くんは片手で僕の肩を抱いたまま僕からマイクを受け取って、すっと観客の方をみては宣言した。 「お前ら! 水谷の言うとおりだ!! 俺達はずっと前から相思相愛両想いなんだよ! だから、水谷のこと悪く言うやつは俺が全員ぶっとばすからな!?」  わー、キャー、やだー! と、色んな声が観客から沸く。少なからずショックを受けている女子もいる。杉田くん、やっぱり僕のこと好きなんじゃないか! ずっとずっと、好きだったんじゃないか!! 思うと僕は涙声から一転ニンマリ猫目を光らせて、いつもの小悪魔を余計に発揮してしまう。杉田くんのマイクに顔を寄せて、クスッと笑ってショックを受けている女子達に勝ち誇る。 「てゆーか僕達もう結ばれてるから……みんな、この意味解かるよね?」 「ギャー水谷!!?」  横で杉田くんがドカッと顔を真っ赤にしたことで、僕の言葉の意味深さが会場中に浸透した……笑いに満ちた青春の、文化祭の午後のことであった。 ***  文化祭後の放課後に、漫研に遊びに来ている杉田くんが色んな仕事を終えて一息ついている。 「てか水谷な、お前」 「ん? なに???」  ソファーを二人で占領して、漫研の他三名は机の方に座らせた僕達はもうラブラブもいいところである。 「『好きだ』って言ってくれたのは嬉しいけど、『結ばれてるから』は余計だったろ!?」 「あはっ、牽制だよ牽制。杉田くんってば最近もっともっと男前になって女子にモテるから」 「だっ、だからってその……事実だとは言えそういうことは秘めておくのが相場って言うか、」 「花火大会の夜の杉田くん、すっごいエッチだったよね♡」 「っほほう栞きゅん!? その話、詳しく聞かせてくれませんかな!!?」 「えー、聞きたい? 聞きたい???」 「コラ水谷っっ! だっからそういうのは二人だけの秘密だって!!」  僕と公認両想いになった杉田くんには、あの『コスプレ乱交ごっこ』の時の計画もさっき暴露して謝ったから、漫研の皆に杉田くんは呆れはしたけど、怒りと嫉妬は治まったみたいだ。と、いうか杉田くんは、僕のカマトトに心底呆れては僕にデコピンをして、それだけでもって僕の今までの行動全てをやさしくやさしく許してくれた。 「えへへ、冗談だよ! 僕だって杉田くんのこと独り占めしたいもんね」 「水谷……、」 「杉田くん……」 「オホンオホン、ここは神聖な漫研ですぞ二人とも! リアルなイチャつきは禁止!!」 「あ、わ、ワリィ」 「あはっ煩いメガネだなー、後でシメるぞっ☆」 「ありがとうございます!!」 「『ありがとうございます』!!?」 「あ、杉田くん気にしないで。いつものことだから」 「うう、俺まだまだ水谷のこと、全部はわかってねーんだな……」  そういって頭を抱える杉田くんの短髪をヨシヨシして、僕はニッコリ可憐に笑う。 「それもこれも、これからずっと、ずっとずっとかけてお互いのこと、解かりあっていこうね?」 「……ん、それもそうだな! もう俺達の関係も、包み隠すこともなくなったんだし、」 「僕達のこと、応援してくれる人たちが多かったのも意外だよね」 「最近の世間って意外と理解あるんだな……ハハ」  と、いうことで一瞬不穏な空気が流れた僕達だったけれど、やっぱりやっぱり杉田くんはどんな僕にもメロメロで、どんな僕も可憐で可愛くて、二人はこれからきっともっとこの青春時代を満喫するのだろうな。と、そう思う元カマトト美少年の僕なのであった。

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